これが財政赤字の定義だが、以下の図表の2023年度予算案(当初)ではどうか。税収や公債金収入といった歳入、社会保障関係費や国債費といった歳出として、約114兆円を計上している。このうち、新規に国債を発行して調達した「公債金収入」が約35.6兆円と計上されており、一般的なイメージでは、予算案のうち、税収を上回る歳出の超過分が財政赤字と思われるので、歳入の約35.6兆円(公債金収入部分)が財政赤字と思う人々も多いのではないか。

だが、これは間違いだ。なぜなら、財政赤字の定義は「財政赤字=その年度における債務(国債発行残高)の増加分」であるからだ。既に説明したとおり、国債の「60年償還ルール」により、2023年度予算案では、約16.3兆円の債務償還費を計上しており、この分の国債は返済している。

つまり、新規に国債を約35.6兆円発行しているが、それと同時に約16.3兆円の国債は返済しているので、この年度の債務の増加分は「約19.3兆円」(=約35.6兆円-約16.3兆円)だ。なので、財政赤字は約19.3兆円になる。このことから、財政赤字は「公債金収入」と「債務償還費」の差額であり、「財政赤字=公債金収入-債務償還費」として定義することもできる。

以上が予備知識だ。では、この60年償還ルールを見直して、60年の償還を80年に延長したら、新たな財源が生まれるのか。答えは「No」だ。新たな財源が生まれるということは、この見直しだけで財政赤字が縮小しないといけないが、それは起こらない。この事実を次に確認しよう。

まず、80年の償還に延長する場合、1000兆円の債務を80年で割り算すると約12兆円なので、債務償還費は約12兆円になる。60年償還ルールの下では、2023年度予算案で、債務償還費は約16.3兆円であったので、80年に延長すると、約4兆円(=約16.3兆円-約12兆円)も債務償還費が減少する。2023年度予算案の歳出合計は約114兆円であったので、債務償還費が4兆円減となると、歳出合計は約110兆円になる。

だが、2023年度予算案の歳入合計は約114兆円であったので、60年償還ルールを見直したとき、歳入の構造が変わらず、歳入合計が約114兆円であるとすると、あと4兆円分、防衛費などの歳出を増やすことができる錯覚に陥るが、これを実行すると、財政赤字は拡大してしまう。

思い出してほしいが、財政赤字の定義は「公債金収入-債務償還費」であった。いま歳入の合計や構造が変わらず、歳入合計が約114兆円であるとすると、このうち公債金収入は約35.6兆円だ。にもかかわらず、60年償還ルールの見直しにより、債務償還費が約12兆円になると、財政赤字は「約23.6兆円」になる。ルールを見直す前の財政赤字が約19.3兆円であったので、約4兆円も財政赤字が拡大してしまう。

なぜ、財政赤字が拡大してしまったのか。それは、ルールの見直しにより、約16.3兆円であった債務償還費が約12兆円に減少して、歳出合計が約114兆円から約110兆円に減少したにもかかわらず、歳入合計を約114兆円に維持したからだ。歳出合計が4兆円減少したなら、歳入合計も4兆円減らすのが自然である。60年償還ルールを見直しても歳入項目の税収(約69.4兆円)やその他収入(約9.3兆円)は変わらない。それにもかかわらず、歳入合計を約114兆円に維持すれば、公債金収入(約35.6兆円)も維持しないといけなくなる。

もう既に読者の多くは気づき始めていると思われるが、債務償還費が約12兆円に減少したら、歳出合計が約110兆円になるので、歳入合計も約110兆円に減額するのが自然な姿だ。なぜなら、歳出合計に対し、税収(約69.4兆円)やその他収入(約9.3兆円)が不足していたから、新規に国債を約35.6兆円も発行して資金を調達していたわけだが、歳出合計が約4兆円減少すれば、新規の国債発行もその分だけ減額できるからだ。この場合、新規の国債発行も約4兆円減となり、公債金収入は約31.6兆円となる。

このときの財政赤字を計算すると、どうなるか。「財政赤字=公債金収入-債務償還費」なので、財政赤字は約19.6兆円(=約31.6兆円-約12兆円)となり、この値は60年償還ルールを見直す前の財政赤字と完全に一致する。