わざわざ努力を見せない2つの理由
彼らはなぜ努力を誇らないのか?その理由は2つある。
まず、彼らは努力をしているという実感がないからである。ちなみに件に取り上げた動画制作の裏側を見せることについていえば、「頑張ってますPRはやめろ!」という心無い声がつくことがあるが、これは的はずれな指摘である。こうした制作の裏側を見せるのは、それが1つのコンテンツになるからに過ぎず、ほとんどの場合は「自分の努力をわかってほしい」といった承認欲求からではない。そんな承認欲求を満たし続けないと続かないようでは、とうてい厳しい競争に勝ち続けることなど不可能だからだ。話を戻すが、レッドオーシャンに身をおいている挑戦者たちは努力の基準値が高い。努力を毎日続けることなどもはや当たり前であり、総じてライバルも同じであることをわかっている。だからそんな日常当たり前の風景を、わざわざ他人に見せるようなものではないという感覚があるのだ。
さらに自分の底が知れる恥ずかしさを理解しているという理由もあるだろう。「土日もなくランニングを頑張っています!」とか「批判に負けず頑張っています」とPRしてしまえば、「そんな当たり前のことを努力と感じている程度の水準なんだな」という見方をする人もいるだろう。難関大学進学校の生徒に「自分は土日も返上して勉強している」といえば内心どう思われるだろうか?難関大学合格を目指して頑張る生徒にとっては、そんなことは当たり前すぎるのである。