その後の刑法改正で窃盗罪の対象が「財物」と改められ、「電気は財物と見做す」という規定も加わり、電気窃盗は罪刑法定主義に反しないことが明確になった。
ここまで念入りに規定したのは、罪刑法定主義を厳格に守るためだ。
罪刑法定主義を厳格に守らなければ、基本的人権の保障がないがしろになり「個人の尊重」が図られなくなる。
「そうは言っても、法律の条文なんて読んでいないよ」と考える人もいるだろう。
「事前に法律で規定していても知らなければ意味がないんじゃないか」という疑問も出てくるかもしれない。
じゃあ、「私は法律で刑罰になることを知らなかった」という弁解が通るかというと、それは通らない。
そのような弁解が通るのなら、法律の知識を持っている人だけが処罰されるようになってしまう(笑)
というのは冗談で、「知らなかった」では済まされない。
ニュースや新聞で新しい法律ができると報道したり、あまり知られていない法律違反で逮捕されたりする事件が大きく報じられるのも、「何が犯罪になるか」を世間に知らしめる役割を担っていると私は考えている。
次の事例を考えてみよう。
「A社が従業員であるBを出張所での勤務を命じた。その出張所にはB一人しかいなくて他の従業員はいない。Bは、毎晩、自分の趣味である夜釣りを楽しむために出張所のコンセントから電気を引いて集魚灯に使っていた。Bの行為は罪になるか?」
刑法253条は「業務上自己の占有する物を横領した者は、10年以下の懲役に処する」と規定している。
業務上横領罪の構成要件は、「業務上」「自己の占有する」「他人の物」「横領する」に分解することができる。 BはA社の従業員として出張所勤務をしているので、「業務上」はクリア。
「自己の占有する」というのはBが占有しているということで、ここではBが預かっているという意味合いだ。出張所の机や備品などがそれに当たる。
Bからして「他人の物」になるA社の物は「他人の物」となる。
「横領」というのは「他人または公共のものを不法に奪うこと」と定義されている(広辞苑第7版)。
この事案で、Bに業務上横領罪は成立するだろうか?
最大の問題は、A社の電気が「物」と言えるかということだ。
窃盗罪の場合は、「他人の財物」と規定しており、「電気も財物と見做す」という規定がある。
つまり、刑法上は、電気は「財物」なのであって「物」ではない。
業務上横領罪の条文に「他人の財物」ではなく「他人の物」と書かれている以上、電気横領は処罰されない。
わざわざ「財物」ではなく「物」と書かれている以上、処罰するのは罪刑法定主義に反するということになる。
このように厳格に解釈しなければならないのは、刑罰が究極的な人権侵害だからだ。