戦争の拡大には要注意
戦争では、何がきっかけになって、それが一気に制御不能なほどエスカレートするのかは、よくわかっていません。ロシア・ウクライナ戦争を観察していると、エスカレーションを引き起こしそうな、危険な出来事が散見されます。
ロシアがポーランド国境に近いウクライナ西部リヴィウをミサイルで攻撃したことは、それが間違ってポーランド国内に着弾していたら、一気にNATOとの戦争に拡大する可能性がありました。
リトアニアは、ロシアの飛び地であるカリーニングラードへつながるロシア発の貨物列車をEUの制裁に従って制限し始めました。ロシアのパトルシェフ国家安全保障会議書記は、これに対して「ロシアはこのような敵対的な行動には必ず対処する」と表明しました。かれは「適切な措置が省庁間で検討されており、近いうちに実施する」、「その結果、リトアニア国民は深刻な悪影響を受ける」と威嚇しています。カリーニングラードが第一次世界大戦の引き金となったサラエボの再来にならないと、誰が断言できるでしょうか。
アメリカのサイバー軍は、ウクライナ支援のためにサイバー攻撃をロシアに行ったようです。ジャンピエール米大統領報道官は、ロシアへのサイバー攻撃は、ロシアとの直接的な衝突を避けるバイデン政権の方針に反しない認識をしていると述べていますが、これをロシアがアメリカからの「軍事攻撃」とみなしたら、米ロ戦争にエスカレートしたかもしれません。
ウィリアム・テーラー米元駐ウクライナ大使は「ロシア領内から発射されるロシアの砲兵は、HIMARS(高機動ロケット砲システム)による破壊の正当化できる標的になるだろう」とロシアを挑発するような発言をしています。
フィンランドとスウェーデンがNATOに加盟すれば、アメリカの大西洋同盟はロシアと1000キロ以上の長い国境を接することになります。この国境付近でロシアとフィンランドが軍事衝突を起こせば、NATO第5条が適用されて、アメリカが軍事介入することになるかもしれません。そうなると核武装国同士が対決することになりますので、核戦争のリスクが高まります。
これらはどれも、一歩間違えれば、ロシア・ウクライナ戦争を大戦争、最悪の場合は終末的な大惨事へと悪化させかねない危険な要因です。
戦争の複雑性をよく知るブラウメラー氏は、教え子の大学院生であるマイケル・ロパト氏との共著論文で、以下のように警告しています。
我々は(ロシアへの)西欧の強力な対応に反対ではない。ただ、コストとリスクの現実的分析なしに全面勝利を求めることを懸念している…この道にある予測不可能性と危険を強調したい。この紛争がエスカレートしたら…大惨事になる潜在性はとてつもなく高い。
ウクライナのゼレンスキー政権はロシアからクリミア半島を含む全てのウクライナ領土を奪還する姿勢を見せていますが、欧米では、アメリカのバイデン大統領が「ウクライナ抜きでウクライナのことを決めない」と発言している一方で、現実には、あちこちで戦争の出口戦略が論じられています。
ウクライナの最大の支援国であるアメリカでは、ウクライナで続く戦争をめぐり、ホワイトハウス当局者が、ウクライナがここ4カ月で失った領土をすべて奪還できるという確信を失いつつあるそうです。アメリカやその同盟国が供与予定のより高性能な重兵器をもってしても、全領土を取り戻すのは難しいとの見方だということです。
そのバイデン大統領自身も、ブリンケン国務長官やオースチン国防長官のウクライナが勝利するとの発言を非現実的とみなしており、ロシアとの戦争リスクの点から快く思わなかったと報じられています。アメリカ政府高官は、戦争を支援しきれなくなる懸念を抱くとともに、ゼレンスキー大統領が戦争終結に向け態度を軟化するかを静かに議論しているということです。
CNNのファーリード・ザカリア氏は「何らかの交渉による解決以外の選択は、ウクライナでの国と人々をさらに破壊する果てしない戦争だろう…そしてエネルギー供給、食糧、経済…の崩壊が…政治的混乱の激化を伴い、至る所で悪化するだろう。この陰鬱な将来を避ける終盤戦を模索する価値は確かにあるのだ」と指摘しています。
The Nation誌は、最近の記事で「戦争は今やウクライナの限られた東南の領土をめぐる闘争になった…それがいつかは終わるのなら、遅かれ早かれ、何らかの実践的妥協を通じて、そうならざるを得ないだろう。何年もの苦難と破壊の後より…今、我々はこの妥協を模索すべきだろう」と主張しています。
ウクライナへの欧米と日本の支援の違い
ロシア・ウクライナ戦争が拡大した場合、ヨーロッパ諸国は、これに巻き込まれる可能性があります。こうした事態を避けるために、NATOはウクライナ支援を慎重かつ選択的に行っています。
フランスのマクロン大統領が言うように「私たちはウクライナが身を守ることを支援するが、しかしロシアとの戦争には加わらない。そのため、一定の兵器、例えば、攻撃機や戦車は供給しない。これがNATO加盟国のほぼ公式な立場なのだ」ということです。ウクライナのゼレンスキー大統領もその合意は把握しているそうです。
ヨーロッパでは市民は戦争の終結に世論が動いています。ある世論調査では、ロシアに譲歩してでも可能な限り早期の戦争終了を望む「和平」派が35%、ロシアを制裁する目標を推す「正義」派が22%という結果がでています。ポーランドを除き、主要ヨーロッパ諸国では、和平派が正義派を上回っています。ヨーロッパ市民は経済制裁のコストと核戦争へのエスカレーションを懸念して、劇的変化がない限り、戦争の長期化には反対であるとのことです。
日本は主に財政面でウクライナを支援しています。しかしながら、アメリカや西欧諸国とは異なり、日本はウクライナに対して、同国がもっとも欲している軍事援助は行っていないに等しいです。財政支援も総額やGDP比では、主な西欧諸国を下回っています。おそらく、今後も、こうした日本の対ウクライナ政策が劇的に変更されることはないでしょう。こうした我が国の姿勢は、「ロシア・ウクライナ戦争で、日本は『最強硬派』でなければならない」という言動不一致な叫びをむなしいものにしています。
戦争研究の嚆矢ともいえるカール・フォン・クラウゼヴィッツは「およそ人間の営みのうちで、偶然との不断の接触が日常茶飯事であるような領域は、戦争において他にはない」(『戦争論(上)』岩波書店、1968年〔原著1832年〕、53ページ、訳文は一部修正)と喝破しました。
残念ながら、クラウゼヴィッツの時代から200年近くが経った今日の国際政治学でも、戦争を動かす「偶然」の作用は解明できていません。われわれは戦争が時にとてつもなくショッキングなほどにエスカレートすることは分かっていますが、どのようにエスカレートするかは知らないのです。
ロシアに立ち向かうウクライナを助けることに、異論がある人はいないでしょう。同時にわれわれが考えなければならないのは、戦争の賢人の忠告を無視すれば、この戦争に関わる全ての国家や人々が、とんでもない高い代償の支払う蓋然性があることなのです。
編集部より:この記事は「野口和彦(県女)のブログへようこそ」2022年7月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「野口和彦(県女)のブログへようこそ」をご覧ください。
文・野口 和彦/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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