戦争はとてつもない大惨事になり得る
ブラウメラー氏をはじめとする戦争研究者が発見した、もっとも重要なことの1つは、典型的な戦争は存在しないということです。すなわち、多くの戦争は小規模で終わりますが、少なからぬ戦争はショッキングなほど大規模になってしまうのです。そして、どの紛争がどの程度の激しい戦争になるのかは、紛争開始時にはまったく分からないのです。これはわれわれが戦争の結末や犠牲、コストを予測できないことを意味します。
われわれがよく目にする曲線のグラフは、釣りがね式の「正規分布」でしょう。サンプルの平均がもっとも高くなる左右対称のカーブしたものです。人間の身長を例にとればわかるでしょう。日本人男性の平均身長は約170センチほどです。ここに多くの日本人男性が集中します。ですので、男の赤ちゃんを授かった時点で、その子が大人になったら、どのくらい大きくなるのかは、かなりの高い確率で予測できます。身長が3メートルにならないことは、誰にでも分かります。
しかしながら、戦争は、こうした分布にはならないのです。戦争は、グラフの曲線の片方のすそが極端に吊り上がった「べき乗則」の分布にしたがうのです。
ブラウメラー氏らの計算によれば、全戦争の約半分は戦死者が約2900人です。一方で、残り半分の戦争の平均戦死者数はグンと上がって65万3000人になってしまいます。そして大規模の戦争になると、戦死者数はけた違いに上昇します。
第二次世界大戦では、少なくとも6500万人のも命が奪われました。第一次世界大戦の戦死者は約1500万になります。ヴェトナム戦争の犠牲者数は、約420万人といわれています。日本の隣で起こった朝鮮戦争では約300万人が死にました。
このように半数近い戦争は、戦死者3000人規模なのですが、中央値を超えると、その数は急激に上昇して、世界大戦クラスになると、数千万人レベルの気の遠くなるような膨大な犠牲者を出してしまうのです。日中戦争と太平洋戦争で、日本は約300万人の貴い犠牲を払いました。このくらいの戦死者レベルの戦争は、戦争の長い歴史では何度も起こっているといったら、皆さんはおどろくでしょうか。実際にそうなのです。
ロシア・ウクライナ戦争は危険水域
ロシア・ウクライナ戦争でのこれまでの正確な犠牲者数は分かりませんが、西側情報筋の分析では、少なくとも2万人以上に達していると見積もられています。ドンバス地方では、ウクライナ兵が毎日、100-200名近く戦死しているといわれています。これは何を意味するのでしょうか。
これまでに生起した全ての戦争の中央値は、戦死者で数えると、第一次中東戦争(1948年)になります。この戦争では、イスラエル側が6200名、アラブ側が2000名、その他、数千名の戦死者をだしています。その総計は1万数千名に上るとみられています。
ロシア・ウクライナ戦争は、戦争の激しさを示す1つの指標である死者数から推論すれば、全戦争の中央値を突破して、おびただしい犠牲者を出しかねない大戦争へ日に日に近づいているのです。
くわえて、この戦争には戦争の深刻なジレンマが存在します。ジョン・ミアシャイマー氏(シカゴ大学)の次の指摘は、この戦争が単純に侵略国ロシアを敗北させることが、必ずしも望ましい結果をもたらさない可能性を示唆しています。かれはこう言っています。
ここに思うようにならない逆説がステージ上にある。アメリカとその同盟国が目的(ロシアを敗北させること)を達成するほど、戦争が核戦争へ向かうであろう可能性は高まるのだ。
ロシア軍がおとなしく撤退するのが最良ですが、そうする国であるならば、そもそも侵略などしないでしょう。それどころか、ロシアは敗北しそうになれば、それを避けるために、核兵器の使用に踏み切る恐れが指摘されているのです。
実際、プーチン大統領は「ロシアは核兵器で誰も脅していないが、主権を守るためにロシアが何を持ち、何を使用するかを誰もが知るべきだ」と述べ、核使用の可能性を否定していません。ウクライナとそれを支援する西側は、核戦争を避けながら、ロシアを打ち負かすという、とてつもない難事業に取り組まなければならないのです。