悔しさは多くの人にマイナスに働く
起業して果敢に挑戦し続ける熱血ビジネスマンや、全国の成績上位争いを駆け抜けた秀才がメディアインタビューや合格体験記でコメントを求められた時、よく聞く言葉がある。それは「負けたら悔しい。だからがんばれた。悔しさは大事。ライバルを意識したからこそ、自分ひとりでは出せないエネルギーを出すことができた」という趣旨のものである。
これはよく分かる。確かにそうだと思う。自分ひとりのために頑張れる努力は小さいが、他者を意識して頑張れる努力は大きい。勉強がよくできるエリートの中には、「全国の成績上位ランキングでライバルに勝ちたいから」という動機づけで大変勉強をする者までいる。彼らにとって勉強はもはや、知力を高めるゲームではなく、勝敗ゲームなのだ。
しかし、悔しいという気持ちは常にプラスに働くわけではなく、個人的にはマイナスに働く局面の方が多いと思っている。他者競争を意識し、勝ち続けるために猛烈に努力するアスリート気質でメンタルタフネスに優れる人にとっては「爆発的な燃料」になり得るこの感情も、そうでない人には努力したいという気概をくじく要素になり得る。
たとえば勉強をコツコツ頑張って実力が伸びていき、嬉しさを感じている時に、SNSなどで同じ境遇、同じ年代、同じ勉強法で取り組んでいるライバルに出し抜かれたら「負けてたまるか!」という気持ちより、「自分はやっぱり大したことがないのだ」と落ち込んだり、嫉妬してしまう事が多いのではないだろうか。
だから筆者の主義としては、ムダに悔しさを感じてやる気が損なわれるくらいならいっそ、他人は一切意識せずに取り組む方がメンタルの健全性を保てると思っている。