現在行われているロシア・ウクライナ間の戦争において、これまで行われてきた戦争と比較して「新兵器としてのドローンの本格的投入」や、「SNSの情報戦・宣伝戦への活用」などが指摘されていますが、この戦争の特異な点は「民間出身のIT人材が、戦争指導上極めて重要な役割を果たしている」であると考えています。

ゼレンスキー政権のもとで対ロシア戦略の指揮を担う、弱冠31歳のウクライナ副首相兼デジタル変革担当大臣、ミハイロ・フェドロフ氏は、イーロン・マスク氏から最新の情報通信技術「スターリンク」による支援を取り付けることに成功したほか、およそ21万人が参加する「IT軍」の指導や、暗号資産(仮想通貨)による戦費の調達など、戦争を遂行する上で重要な役割を果たしています。

ミハイロ・フェドロフ氏とゼレンスキー大統領(2019年)Wikipediaより

このように、“文民指導者”が活躍する背景としては、

IT関連技術を活用できる範囲が急激に進展した結果、軍事目標への攻撃や妨害行為といった“非対称戦”にも情報通信技術が応用できるようなっていること その結果として軍人としてのキャリアを歩んできた指導者よりも、民間のIT部門で最先端領域に携わってきた人材をトップに据えたほうが現代戦をより有利に展開できるという状況が生じつつあること

といった事情があげられます(トップのフェドロフ氏だけでなく、IT軍メンバーの大半も民間人で構成されています)。

もちろん、すべての指導者層が文民指導者で占められているわけではなく、陸軍や空軍といった通常戦力の運用についてはウクライナ国防省などといった従来型の軍事組織によって管轄されていますが、これらから独立する形で民間出身のリーダー率いる組織が非対称戦を担当している状況はやはりこれまで行われてきた戦争と比較して異質だと言えるでしょう(米軍やロシア軍にもサイバー戦用の部隊は存在するものの、それらはあくまで軍の傘下に置かれており、文民のリーダーが独自に指揮しているわけではありません)。

“元デジタルマーケター軍師”が誕生した背景

冒頭で触れたフェドロフ氏は元々、デジタルマーケティング企業のSMMSTUDIO社を創業した起業家でした。このSMMSTUDIO社の主要クライアントの一人が、後のウクライナ大統領であるゼレンスキー氏(当時は俳優)です。

2019年のウクライナ大統領選においてはゼレンスキー陣営のデジタルマーケティング戦略担当者としてSNS等を駆使し、陣営を勝利に導いた立役者の一人となりました。

以上のように、ウクライナに「非軍事部門出身のリーダー」が現れた背景には、

大統領戦を通じ、フェドロフ氏が持つデジタルマーケティングへの知見がゼレンスキー大統領に評価され、政府の要職への抜擢につながったこと ロシア軍による侵攻が突如として開始されたため、ウクライナ軍としてサイバー戦を行うための準備が出来ておらず、IT分野の専門家であったフェドロフ氏率いる民間部門が軍部に代わり、サイバー戦の主力を担わざるをえなかったこと

という、二つの事情があります。けっして、「軍人より民間部門出身者のほうがサイバー戦に強いはずだ」というような先見の明に基づいて準備されたわけではなく、“たまたま”元デジタルマーケターのフェドロフ氏がサイバー戦を主導する地位につくことになったと言うべきでしょう。

このようにして、IT業界出身の指導者のもとでサイバー戦を闘うことになったウクライナですが、今日の戦況を見れば分かるように、結果としては功を奏している状況です。

2月24日の開戦以降、フェドロフ氏は元IT起業家ならではの手腕を発揮して様々な対抗策を次々と打ち出し、ロシア軍を苦しめるようになりました。

対抗策の中の一つに、イーロン・マスク氏がCEOを務めるSpaceX社所有の衛星インターネットシステム「スターリンク」による支援を取り付けたことも含まれます。