1948年12月10日、国連第3回総会で「すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準」として「世界人権宣言」が採択された。それを記念して12月10日を「人権デー」と呼ばれてきた。

ウィーン市16区の小さなクリスマス市場風景(2022年12月8日、撮影)
日本法務省の「世界人権宣言」の項目によると、「20世紀には、世界を巻き込んだ大戦が2度も起こり、特に第2次世界大戦中においては、特定の人種の迫害、大量虐殺など、人権侵害、人権抑圧が横行しました。このような経験から、人権問題は国際社会全体にかかわる問題であり、人権の保障が世界平和の基礎であるという考え方が主流になってきました。そこで、昭和23年(1948年)12月10日、国連第3回総会(パリ)において、『すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準』として、『世界人権宣言』が採択されました。世界人権宣言は、基本的人権尊重の原則を定めたものであり、それ自体が法的拘束力を持つものではありませんが、初めて人権の保障を国際的にうたった画期的なものです」とその意義と価値を明記している。
そして「この宣言は、すべての人々が持っている市民的、政治的、経済的、社会的、文化的分野にわたる多くの権利を内容とし、前文と30の条文からなっており、世界各国の憲法や法律に取り入れられるとともに、様々な国際会議の決議にも用いられ、世界各国に強い影響を及ぼしています。さらに、世界人権宣言で規定された権利に法的な拘束力を持たせるため、『経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)』と『市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)』の2つの国際人権規約が採択され、その後も個別の人権を保障するために様々な条約が採択されています」という。
国連はこれまでさまざまな宣言文を作成し、公表してきた。その中で「世界人権宣言」は確かに画期的だが、その内容がその後、実行されているのならば評価に値するが、残念ながら宣言から74年が過ぎた今日でも世界各地で人権問題が起きている。
例えば、中国の少数民族ウイグル人が共産党政権下で強制的な同化政策に強いられている。それだけではない。モンゴル人やチベット人も同様、共産主義体制下でその民族のアイデンティティが蹂躙されている。イランでは女性の権利が蹂躙され、スカーフをイスラム教の服装規定に基づいて着用していないとして22歳の女性は拷問され、その後死去した。女性の権利を訴えた抗議デモに参加した国民が拘束され、今月8日に死刑執行されている。北朝鮮では国民は人間としての基本的な権利、衣食住さえ独裁者によって蹂躙されている。