そして今度は生物多様性オフセットだそうです。

2010年に名古屋で開催された第10回生物多様性条約締約国会議(COP10)の直後によく耳にした用語で、当時筆者もたくさん勉強しましたが、何とも言えない違和感をおぼえたのでそのうち勉強も実務上の検討もやめてしまいました。そこで、十年ほど前の記憶を呼び起こしてみます。

生物多様性オフセットには「ミティゲーション・ヒエラルキー」という考え方があって、生物多様性の損失を回避する優先順位があるとされます。

【回避】まずは人間活動(都市化や事業活動)によって生物多様性が失われることを回避する。 【低減】次に、人間活動が生物多様性に与える影響(損失)を最小化する。 【代償】最後に、どうしても残ってしまう影響(損失)を別の場所で復元し代償する。

当時は3を「代償ミティゲーション」と呼んでおり、これが生物多様性オフセットにあたります。さらにこの代償ミティゲーションもふたつあって、生態系の損失分と同じ生態系をつくり出す、つまりプラスマイナスゼロにすることを「ノー・ネット・ロス」と言い、損失分以上の生態系をつくりだすことを「ネット・ゲイン」「ネット・ポジティブ・インパクト」などと呼んでいました。

記憶の範囲では、ざっとこのような感じです。これから企業で生物多様性を担当する方も多かれ少なかれ学ぶ内容だと思います。

さて、企業としては1と2まではやれると思いますが、3は極めて困難でありかつ倫理的な問題からは逃れられません。どんなに高名な専門家がいたとしても、生態系の価値をどうやって人間が評価し、さらに相殺するというのでしょうか。

よくあるのは伐採した木の本数と同等以上の植林をする、元の生息地にいる動植物を別の場所に移す、などです。しかしこのような単純な指標で対応できるケースは稀であって(そもそもこんなに単純化してよいのか疑問ですし、遺伝子汚染などと言って別の専門家から非難されるリスクもあります)、多くの場合極めて複雑な生態系を取り扱うのです。

10年ほど前にも、いくつか生物多様性オフセットの評価手法がありました。しかしどれも近自然の考え方であり、「工場ができる前の1950年」「高度成長期の1960年」などある年をベースラインと決めて当時の自然へ戻そう、といったものでした。

筆者は先に多自然の考え方を岸由二氏(NPO法人鶴見川流域ネットワーキング代表理事、慶応義塾大学名誉教授)から学んでいたので現実的ではないと判断し、採用することはありませんでした(実施されている方々を否定する意図はありません)。環境省でも大学の先生や専門家を集めて何度も研究会を重ねていましたが、いつしか聞かなくなりました。