オランダ対アルゼンチン

グループリーグからベスト16までの試合内容を見るかぎり、オランダが盤石の強さでアルゼンチンを圧倒しそうに思えます。

しかし、オランダは開催国カタールに、セネガル、エクアドルが加わったいちばん楽なグループを順当に勝ち上がり、ベスト16でもアメリカという明らかに力の劣るチーム相手に戦ったので、むずかしい試合を一度もしていません。

短期間のトーナメントでは、苦戦を一度もせずに勝ち上がってきた国ほど劣勢に立たされた時のチーム内の意思統一がむずかしく、あっさり負けてしまうことがあります。

それでは、グループリーグ初戦でサウジアラビアに負けてから一気にチーム内が引き締まった感のあるアルゼンチン有利となるのでしょうか。

ふつうのサッカー大国ならそうなるのでしょうが、アルゼンチンの場合、選手全員に何がなんでもメッシが現役のうちにジュール・リメ杯を掲げさせてやりたいという願望が強すぎて、なかなかワールドカップで実力通りの闘いができていません。

ゲームメークをするアンヘル・ディ・マリアが、メッシをおとりに使ってほかのアタッカーを活かす動きができるかが勝負の分かれ目になりそうな気がします。

オランダの攻撃陣で注目すべきは、グループリーグで左足、右足、頭で1本ずつゴールを決めた若いフォワード、コーディ・ガクポでしょう。

ただ、どちらが勝っても、準決勝ではクロアチア対ブラジルの勝者に対して分が悪そうです。

モロッコ対ポルトガル

ベスト16でモロッコがスペインに勝ったのは、歴史的な転換点でした。

1492年にイベリア半島最後のイスラム王朝がグラナダのアルハンブラ宮殿からさびしくモロッコに落ちのびて以来、530年ぶりの北アフリカイスラム勢力によるヨーロッパキリスト教勢力に対する勝利だったと言っても過言ではありません。

モロッコがこの勢いに乗って、今度はポルトガルまで破ることができれば、1415年にタンジールのすぐ東側の岬の突端、セウタの町を攻略されてからじつに607年ぶりのポルトガルに対する勝利となります。

その可能性はどうでしょうか。大いにあると思います。

そもそもポルトガルはセンターフォワードのクリスチアーノ・ロナルドひとりの力が突出していて、チームとしての総合力はスペインほど高くありません。

そのワンマン、ロナルドがグループリーグ最後の韓国戦で、途中交代させられたあとで韓国に逆転を許した、サントス監督の選手起用に不満を抱いています。

ベスト16のスイス戦では、おそらく懲罰的にロナルドを先発から外したものの、大差でリードした後半に交代で出場させました。監督としては勝利の歓喜の輪の中に入れてやろうというつもりだったかもしれません。

ですが、ロナルドのほうは、もう片がついている試合に交代要員として使われたということでいよいよへそを曲げ、ノーサイドの笛とともに勝利の円陣には加わらずにロッカールームに直行してしまいました。

これはもう、準々決勝ではベンチにも入れないほうがチームの和が保たれるのではないかと思えるほど、自分勝手な行動です。

準々決勝のモロッコ戦は、ロナルドを使うにしても、使わないにしてもポルトガル側はチーム一丸という雰囲気にはほど遠い精神状態でゲームに臨むことになるでしょう。

一方、モロッコはゲームキャプテンのセンターバック、サイスが延長に入ったスペイン戦で肉離れを起こした可能性があるという不安はありますが、スペインを撃破して士気は間違いなく高揚しています。

モロッコ側のキープレイヤーは、今大会屈指のボランチ、アムラバトでしょう。

ポルトガル側では、代表に抜擢されてから日も浅いのにベスト16のスイス戦でロナルドに代わって先発して、ハットトリック(1試合3得点)を達成したゴンサロ・ラモスを使いつづけるかが焦点となります。

もし、ロナルドのご機嫌を取るために、準々決勝ではロナルド先発に戻すようなら、スペインに続いてポルトガルもモロッコの軍門に下ることになりそうだと思います。

イベリア半島の2国をイスラム勢力が制圧するとなると、1031年に後ウマイヤ朝が崩壊して以来約1000年ぶりの快挙となります。

イングランド対フランス

はっきり言って、伝統の英仏戦争が準々決勝4試合の中でいちばんの凡戦になりそうな気がします。英仏両国とも、代表はサッカー大国の一部リーグで活躍している高額所得者ぞろいで、球際もきれいで安全なプレイを選ぶことが多くなると思うからです。

前ロシア大会で得点王だったイングランドのハリー・ケインはグループリーグの初戦で足を痛め、戦列に復帰したものの本調子ではなさそうです。ただ、これはかえってイングランドにとってプラスかもしれません。

イングランドチームは相手チームへのリスペクトが強いと、古式ゆかしいキック・アンド・ラッシュ戦法を使いがちです。これは労多くして功少ない戦法で、イングランドのワールドカップでの戦歴があまりパッとしなかった理由のひとつだと思います。

今回のメンバーの中ではキック・アンド・ラッシュに適任のフォワードはケインひとりだけなのに彼が本調子ではないので、今大会では戦況にかかわらずキック・アンド・ラッシュは封印し、その結果大勢の攻撃陣がほぼ均等にシュートチャンスを得ています。

得点をエムバペひとりに頼りがちなフランスより、大勢に得点チャンスを分散させているイングランドが若干有利でしょう。注目選手は19歳でタックル成功率100%、ロングパス成功率91%という完成度の高い攻撃的ミッドフィールダー、ジュード・ベリンガムです。

フランス側では、アントワーヌ・グリーズマンが、どこまでマークがきつくなるであろうエムバぺ以外の攻撃陣に球を回すことができるかが焦点でしょう。

ただ、どちらが勝っても、おそらくポルトガルを撃破して準決勝に進むであろうモロッコに対しては分が悪いと思います。