方法と立場

その方法は、スキデルスキー親子による「地球温暖化」や「環境保護」の研究方法に準拠するものである。具体的にこの親子は、「できるだけ単純な理論でできるだけ広範な事象を説明」(スキデルスキー&スキデルスキー、2012=2022:90)することを良しとした。そこで、「人口変容社会」の研究でもそれを踏襲したい。

なぜなら、その方針は「思考節約の原理」と呼ばれ、以下のような4つの選択的論点を作り上げ、まずは読者に選択を迫るからである。

(1)ほとんどの人は、いま生きている人の幸福をまだ生まれていない人の幸福より大切にする。つまり「現在中心主義」である(同上:222)。

なぜなら、その親子は「将来世代は現世代より裕福である可能性が高いと仮定」(同上:222)するからである。もちろんこの考え方には強い反論が存在する。それが、

(2)「現世代か将来世代かを問わずすべての人の幸福にほぼ同じ重み」を付ける場合である(同上:222)。

この両者のうち、どちらが的確な判断かは各自の判断に任された。さらにその補助線として、

(3)将来世代がすでに登場している場合

(4)将来世代がまだ登場していない場合

も用意された(同上:223-224)。

私は(2)と(3)を選択してきた

(3)(4)の補助線のどちらを採用するかによってもそこからの対応はかなり異なるが、スキデルスキー親子は「まだ生まれていない人の幸福は、いま生きている人の幸福より少なく見込む」(同上:224)と明言した。ただし、「少なくではあっても、しかしきちんと見込む」(同上:224)を付けることを忘れていないところに見識が感じられる。

「人口変容社会」研究の前提として、この(1)から(4)をあらかじめ考慮しておくことが自らの「思考の節約」になるのであれば、これまで長期間にわたり私は(2)と(3)を選択してきたように思われる。

なぜなら、世代論を「人口変容」研究の中に取り込み、「年少人口の減少」や「高齢者の増加」、そして「脱炭素」の影響をまともに受けるはずの次世代や次々世代への配慮を不可避としてきたからである。(4)ではなく(3)に止めた理由は、すでに登場している世代を想定した想像力によって論点を展開した方が、より具体的な焦点にアプローチできると判断したからである。

「人口変容」の基本は出生と死亡

出生は女性にのみ可能だから、「人口変容」の観点からも15~49歳の女性の数の趨勢を見ておくことには意味がある注3)。

20世紀末から21世紀の40年間で行なわれた国勢調査によると、その年代に属する女性の数は1980年で約3060万人、2000年で約2930万人、そして2020年で約2500万人となり、40年間で約2割減ってきた。この連続的減少によって、1年間では同じ合計特殊出生率でも、産む女性が減少すれば産まれてくる子どもの総数もまた少なくなる。

いわゆる合計特殊出生率は、高齢化率が7.0%を突破して高齢社会元年といわれた1970年では2.13であったが、それ以降は着実に漸減傾向を示してきた。すなわち団塊ジュニア世代が結婚・出産の時期を迎えた1980年は1.75へと下がり、合計特殊出生率は反転しないままに1990年が1.54、2000年で1.36、2005年は日本史上最低の1.26を記録した。その後は少し戻して2010年が1.39になったものの、2021年に1.30となった。

すなわち「少母化」が進む過程で同時に合計特殊出生率が落ちているのだから、「少子化」は速度を上げてしまったことになる。

政府担当者が「少子化対策」の見直しを提唱

目の前でこれほど「少子化」がすすんだにもかかわらず、どういう訳かこの40年間、政府の「少子化対策」は「待機児童ゼロ」と「ワークライフバランス」(当初は「両立ライフ」と表現)の2大方針が堅持されたままであった。40年経過した現在では、当時の厚生省(厚生労働省)での「少子化対策」の実質的担当者からも「保育プラン」に偏りすぎていたという反省が出され始めている。

いずれもその政策は結局「失敗した」という認識が表明されている(増田、2022;大泉、2022年)。増田は従来の少子化対策には「家庭」が抜け落ちていたことを反省し、大泉は少子化対策が「保育プラン」に終始したという総括を行い、増田は「家族政策」、大泉は「人口政策」を強調した。現在厚労省や内閣府の少子化対策の担当者は、両名の反省点を十分に学んでほしい。

少子化対応5原則の発表

私は6年ほど前に、厚労省や内閣府の2大方針を超えた少子化対応5原則を、学術研究の方針として主張したことがある注4)。

原則1 少子化を社会変動として理解し、原因と対策を考慮する。 原則2 原因の特定化に対応した世代間協力の克服策を志向する。 原則3 必要十分条件として「子育て共同参画社会」を重視する。 原則4 社会全体による「老若男女共生社会」を最終目標とする。 原則5 学問的成果と民衆の常識が整合する政策提言を行う。

を掲げた(金子、2016:231)。

これらは、2003年の『都市の少子社会』以降に断続的に続けてきた「少子化研究」の総括の意味を込めていたが、どこからも反応がなかった。

さらに同じ本の中で、ブレンターノの「福利説」までも紹介して、学術的な取り組みの重要性も強調してはみたものの、この主張も厚労省や内閣府の担当者には届かなかった。