自分が執筆指導をするのは税理士や社労士、司法書士、FPなど、マネーやビジネス系の専門家だ。一般読者向けに情報発信をするのであれば、分かりやすく書くのは当たり前と言えば当たり前だが、ここで「分かりやすく」ではなく「簡単な話」を書いてしまうとどうなるか。

簡単な話とは、わざわざ聞くまでもない話、専門家に解説してもらうまでもない話だ。もしそういった内容を一生懸命書いている税理士とか社労士が居たらどう思うか。「この人は簡単な話しか出来ない人」「難しいことを理解してないからこんな低レベルな話を書いている」と思われてしまう。簡単な記事を書いてしまうと(子ども向けを除けば)わざわざ手間をかけて情報発信をする意味がないどころか、マイナスの効果しか生まない。つまり「分かりやすい」と「簡単」は全く意味が違うということだ。

「難しいこと」に意味がある

専門家であれば「難しい話」を取り上げるべきだ。そうでなければ専門家が存在する意味が全くない。そして分かりやすく説明できるのであれば、取り上げるネタは難しければ難しいほどいい。「難しいことを分かりやすく」はその落差が大きいほど意味がある。池上さんもその時々で最も話題になっている政治や経済など「難しいネタ」を扱い、それがゴールデンタイムに放送される。

読者が理解できるか?と心配する必要は全くない。読者は決してバカではない。加えて、ウェブであればその記事を読むのはネタに興味を持つ読者だけだ。ネタに興味がある人であれば分かりやすく解説をすれば必ず読んでくれる。もちろん興味を持ってもらえるネタかどうかはよく考えるべきだが、難しいからという理由で面白いネタを放棄する必要は全くない。かえって難しいネタは積極的に扱うべきだ。

一方で、分かりやすくの意味を理解していても、過剰に丁寧な説明をしてしまう書き手もいた。テレビでもウェブの記事でも、適切な長さがある。丁寧に説明をし過ぎると遠回しになってしまい読みやすさを損なう。原則として、文章は短いほど読みやすい。

例えば一つの話を理解してもらうために5か所の説明しなければならないポイントがあったとする。「消費税の仕組み」でも「新入社員が覚えるべき労働基準法」でも「生命保険の選び方」でも何でもいいが、5つのポイントの重要度がどれも等しいということはない。重要なポイントもあれば、そこまで重要ではないけど最低限触れなければ意味が分からなくなる、といった程度のポイントもあるはずだ。つまりそれぞれの重要度に合わせて「過不足なく」解説をする必要がある。

アメリカ大統領選挙をどのように解説するか

「過不足なく」も実は案外難しい。文章を書いている本人は記事の内容をすでに理解しているので、説明不足の文章を書いていても、不足している箇所は脳内で補完してしまう。結果的に分かりにくい文章になる。一言でアドバイスすれば読者の目線に立てということになるが、これは頭の良い人ほど、つまりネタの内容を深く理解している専門家ほど陥りやすい罠だ。

文章を自身で見直す際には一晩おくと良い、といった話は実際に執筆を仕事にしているプロからも度々聞かれるアドバイスだ。これは頭が完全に「執筆モード」になってしまって、自動的に脳内補完されてしまう状況を一度リセットするためのテクニックともいえる。

もちろん、どれ位噛み砕いて説明するかは読者・視聴者によって変わる。例えばアメリカの大統領選でトランプとヒラリーがそれぞれ候補として戦っている際に、「池上彰のニュースそうだったのか!!」で最初に取り上げたのはアメリカ大統領の任期は何年でしょう? というクイズだった。ネットを検索すれば瞬時に出てくるような「簡単な話」だが、それは大人にとっての話だ。親子で見るケースや大統領選に全く興味がない視聴者に説明するのであれば、これが正解だろう。