変貌するCOP:世界に新たな対立を生じさせる危険性
しかしこの「ロス&ダメージ」基金は今後の気候変動枠組み条約、ならびにパリ協定の施行に大きな影を投げかけることになるだろう。
先ず先進国からの資金拠出であるが、欧州諸国はコロナ対策に続くウクライナ紛争でのウクライナ支援(難民受け入れを含む)での巨額の政府財政拠出、さらにはその余波としての化石燃料インフレ対策としての際限のない財政支出拡大で、向こう数年間、「新たな資金拠出」どころではなくなるだろう。
米国はそもそも台風や干ばつなど、毎年のように途上国でおきる自然災害に対する気候変動の影響の寄与度がはっきりしない中、事実上無限の賠償責任を負うような「ロス&ダメージ」には強く反対してきたのだが、実際の資金拠出となると同様の理由による議会の超党派による反対に直面して、1ドルも拠出されないという事態も予見される。貯金箱を作ることは決まったものの、その貯金箱はほとんど空っぽのままになりかねない(そうした中で付き合いのよい日本がいったいいくら拠出するのか、少なくとも欧米の動きをよく見て拙速な判断は避けるべきだろう)。
そうなると、今回のCOP27の最大の成果をこの「ロス&ダメージ」と捉えて賞賛する途上国に、先々大きな失望と先進国への不信感をもたらし、国際的な協調的取り組みが必須の前提となる「パリ協定」下での気候変動対策が、機能不全に陥る事態を招きかねない。
一方仮に先進国が苦しい国内財政事情を抱えながらも、何とか一定額を基金に入れて形は整えたとしても、今度はその有限な基金のカネを誰にどのようにして配分するかで途上国間の争いが起きかねない。
例えば今年のようにパキスタンで深刻な水害が起きた場合、復興のために巨額の「賠償金」が必要だとクレームすることになるが、同様の水害がカリブ海の島国でもハリケーンの襲来で起きたとした場合、有限の基金の中からいったいどうやって公平に配分するべきか、また次年度以降にいくら残しておくべきか、といった問題を巡って、すぐにでも補償金が欲しい当事者国と、将来の被害に備えて基金を残しておきたい非当事者国の利害対立が生じて調整が難航するのは必至だろう。
そもそも2024年以降にこの基金に資金拠出されることになったとして、今年起きたパキスタンの水害や数年前に発生したフィリピンの水害が賠償の対象にならないのか?といった、ほとんど解のない議論のパンドラの箱を開けてしまうのではないだろうか。「ロス&ダメージ」は国連の中の南北対立を先鋭化させると共に、南南対立をも喚起しかねない危険な仕組みなのである。