(4)医療面の官民格差はもっと酷い 上に掲げた表は、医療費部分について幾つも「?」が付く不完全なものだ。一般の勤め人や都市の非就労者、農村住民については、年金と併せて「医療保険」制度が設けられているのだが、公務員については「機関事業単位養老保険」に対応する医療保険制度がないせいで、データがきちんと取れない。

以前は無償だったが、いまは一応、一般の勤め人と同じ「職工医療保険」に加入し、公費で負担する80%の残りを個人負担するらしい。

しかし、これも経過措置なのだろう、個人負担分は所属機関で負担してもらえる(「报销」)らしい。冒頭の元大臣のようなOBだけでなく、現役の公務員もけっきょく「医療はタダ」ということだ(決算書を見ても、所属機関の負担経費がどこに潜り込ませてあるか、実態はベールに包まれている)。

以上から分かるように、冒頭に挙げた元大臣の年金明細は、巨大で構造的な「中国官民格差」の、文字どおり「氷山の一角」でしかない。中国の社会保障制度は、事業規模はずいぶん大きくなったが、配分には大きな偏りがある訳だ。

3期目習近平政権へのお勧め政策レシピ

ここまで読み進めてもらうと、本ポストが何を言いたいか、お察しがつくだろう。昨年打ち出した「共同富裕」は、目玉になるはずだった不動産税試行も深刻な不動産不況のせいで、見合わせになっており、いまのところ看板倒れだ。おまけに、社会保障を中心的に担う地方政府の財政も空前の財政難に見舞われている。

官民格差是正は「共同富裕」政策の目玉になり、地方財政難対策にもなる「一石二鳥」になりうる。

そう言えば、今年全国各地で地方公務員の大幅給与カットが始まっているという。基本給には手を付けないが、お手盛りで積み上げられてきた成果給を大幅に削り、3~4割の手取りカットが少なくない、しかも貧しい内陸や財政が特に苦しい東北地方ではなく中国で最も裕福なはずの上海、江蘇、浙江省などで盛んに行われているというのだ。

一例として、上海市の課長クラスの手取りが35万元から一挙に20万元にカットされた事例が紹介されている記事がこれ。カット前の35万元は日本円に換算すれば700万円だ。中国は既に「人件費の安い国」ではなくなっているとは言え、課長クラスの給与が700万円というのは高すぎる印象だ。

給与カットが相次いでいるという状況を、昔役人をやっていた経験から憶測すると、きっとこんな風じゃないかと思う。

地方「財政が破綻寸前です!中央のお力で何とか窮状を救ってください!」

財政部「何を言ってる!?自分達にこんな高給を払っておいて、破綻寸前が聞いて呆れる。『助けてくれ』と泣きに来る前におたくのビチョビチョ雑巾(支出)を『もう一滴も残ってない』くらいに固く絞って出直してこい!」

現役の役人の給与をカットするだけでは、効果のタカが知れている。本丸は退職者の社会保障特権だろう。ただ、現役の役人は従わなければ人事のムチを振るえばよいので、給与カットも執行しやすいが、OB達を黙って従わせるのは至難の業だろう。

共産党の既得権の核心部分だからだ。逆説的に言えば、こんな不公平がこんにちまで温存されていること自体が、是正が如何に難しいかを物語っている。

権力集中した習近平主席にこれができるか?

先般の「中国共産党第20回党大会」において、子飼いと腹心で政治局常務委員会のポストを独占した習近平主席と彼の3期目政権に、この難題を実行する力があるだろうか?

その前に、今回の人事について、一言言わせてほしい。

<ポスト独占人事は危うい> 子飼いと腹心で常務委員会を独占した人事を、世間は「習近平圧勝」と評するが、私は逆に、危うさを強く感じる。

権力センターである北京には、派閥や利益集団がひしめき合っている。自派閥でポストを独占すれば、他の派閥・利益集団を全て疎外、排除することになる。「だったら、何でもご自分達のお好きなようになさればよい」と拱手傍観されるだろう。「逆らう」ことは出来なくても、リスクを取ってまで、お仕えする気にはなれないだろう。

景気の低迷、社会不安、外交の難局・・・試練に見舞われたとき、習近平一派は、党内で無言の批判に囲まれて孤立する恐れがある。

「ポストを独占したから折伏できる?」そんな簡単な話ではないはずだ。

ところで、習近平主席は毛沢東を目指すそうだが、全然似てない面もある。毛沢東は「乱」を好むタイプだったが、対照的に習近平主席は「安全、安定第一」なタイプであることだ。

毛沢東も最初から最後まで皇帝のように権力を握り続けた訳ではない。1959~61年の大躍進の大失敗の後は、実権を劉少奇らに取り上げられた時期だってあった。そうして党内で劣勢に置かれたとき、毛沢東がやったことは、党外の大衆を動員して反対勢力を蹴散らすことだ(文化大革命)。

当然、文革のような大混乱を引き起こすから、「安全、安定第一」が大事な習近平主席は嫌うだろう。しかし、今回のような人事をやってしまった以上、そうばかりも言っていられなくなるのではないか。

何らかの試練に見舞われて習近平一派が党内で孤立したとき、劣勢を挽回するために党外の大衆の力を借りた毛沢東のやり方を真似る必要が出てくるのではないか。知識分子や民営企業家には嫌われている習近平主席だが、大衆には依然人気があることが数少ない取り得だ。趣味に合わなくても、難局に遭遇したら、このリソースを使わない手はない。

ただ、「庶民には人気の習近平主席」と言っても、「ホイッスルを吹けば、たちどころに大衆が集結してデモ行進してくれる」訳ではない。大衆動員の手が使えるテーマは限られていると思う。その一つが「官民格差」是正ではないか。年金などの官民格差是正は大衆の熱狂的歓迎を受けるだろう。

最後に

3期目習近平政権がほんとうに「官民格差是正」を断行したら、どうなるのだろうか。

法外な官製利権が整理されることは、「社会主義」が好みの習近平主席の趣味に合うだろう。一方、大衆はこれを拍手喝采で迎えても、それは束の間、それで不平等が均されても幸せな気分にはならないかもしれない。何故って中国人は清貧よりも派手な方が好きな人が多いから。「お上は『共同富裕』って言ってるけど、これじゃ『共同貧乏』だよね」と愚痴を言う人が多いんじゃないかな。

それと、「官民格差是正」を支持する大衆の熱狂がどこまで行くか?だ。当局公認のデモ行進くらいで満足してくれると良いが、「当局の黙許が下りた」と感じると、乱暴狼藉、破壊活動に走ってしまう連中も数多い。反対する年寄りを糾弾、迫害するような文革の混乱の再来になったら怖い。

この「お勧めレシピ」は、ほんとうに上手く行くのかな? 知らんけど。

お断り:私は専門家ではなく、中国の制度について事実誤認をしている可能性もあるので、そういうご指摘があれば歓迎します。

編集部より:この記事は現代中国研究家の津上俊哉氏のnote 2022年11月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は津上俊哉氏のnoteをご覧ください。