<浅草仲見世「助六」の木村吉隆(よしたか)さん。1937年浅草生まれ。 18年間商社に勤めた後、1977年、42歳のときに店を継いだ。洒落た服装で店頭に立ち、小玩具の由縁を小気味良い口調で語る姿が格好いい!>
浅草仲見世、観音さま(浅草寺)の宝蔵門そばで商いをしている「助六」には江戸時代から浅草に伝承されている豆おもちゃがずらりと揃います。精巧な細工に見入り、ひとつひとつにこめられた意味を聞く眼福・耳福のひととき。江戸町民の豊かな創造性と、粋で自由な遊び心になごめる、魅惑の世界に引きこまれていきました。

<間口一間(いっけん)の小さな店に、職人たちが作る小玩具が3,000点以上並ぶ>
江戸趣味小玩具を護り、広める


助六の屋号は浅草寺の辰巳の方角という縁起の良い場所で商売を始めるとき、観音さまの五臓六腑を門前でお助けしたいという想いから(健康を助ける)と、自宅が浅草・花川戸にあったため、歌舞伎十八番の芝居『助六由縁江戸桜』に登場する花川戸の助六にちなむ。侠客の助六は男気が名高かったと伝えられ、歌舞伎では江戸町人の理想像とされる
雷門をくぐって商店街の仲見世(なかみせ)に入り、外国人観光客でごった返す賑わいに驚きながら浅草寺に向かうと、本堂手前の宝蔵門から数えて2番目に「助六」の店舗がありました。隣の角地は人形焼の「木村家本店」。「助六」の五代目の苗字も木村さんということで、両者に関係があるのかなと5代目の吉隆さんに尋ねると、隣は母親の実家とのこと。江戸末期の慶応2年(1866年)に商いを始め、「助六」は絵草紙などの販売から始まり、江戸趣味小玩具を扱うようになっていきます。食べるものにも困った戦後、仲見世は闇市となり、長靴や七輪などが並び、飛ぶように物が売れましたが、4代目の木村卯三郎(うさぶろう)さんはかたくなに小玩具を販売し続けたといいます。「父親は融通がきかなかったから、闇市はできなかったんですよ。当然、小玩具は戦後7年間まったく売れなかった。兄貴なんかはね『どうなってるんだろうねぇ、親父は』って言っていました」と述懐する木村吉隆さんも最初は兄と同じように戸惑ったそう。
ほかに「武蔵屋」「伊勢勘」など仲見世に3軒あった江戸趣味小玩具の店も戦後に商売を畳み、「助六」のみに。「あまり儲かりませんし、商品の種類が多くて小さい物ばかりで管理が大変だから、辞めてしまったのでは」と木村さん。大変な時期だったけれど、闇市に転じていたら、小玩具を作る職人はみんないなくなっていたでしょうと、木村さんは振り返ります。その後、流通が盛んになると、卯三郎さんは百貨店など全国への卸しは辞め、この店だけで売ろうと決断します。「今は北海道から沖縄まで同じ物が売っていますよね? うちはせめて、もう一回行きたいと思ってもらえる店にしたかった」。何度も足を運びたくなるほど良い物が多様にあり、しかもそれらはここでしか買えない。そんな個性的で日本唯一の小玩具専門店となった「助六」。その商いの姿勢や方向は一貫とぶれず、手間がかかる精緻な職人の仕事と、江戸以来の小玩具文化を護り、広めています。

<浅草文化観光センターの8階展望テラスから俯瞰した仲見世。手前が雷門、最奥が宝蔵門>

<宝蔵門の手前にある「助六」。角は「木村家本店」。アジア各地や欧米など外国人観光客が客層の7割ほどを占める。単に「かわいい」だけではない。日本人の職人による細やかな手仕事の見事さも彼らの心をとらえているのだろう>
粋な旦那

<英語の日常会話も淀みない木村さん。父親と同じく慶応大学の出身。人前に出るのに服装を気遣わなくなったら一気に老いますよ。それと、ボケないには趣味を持つことが大事と諭してくれた。気風の良い語りが耳に心地いい>
「助六」は独自の商品構成も魅力ですが、木村さんとのおしゃべりも楽しく、目当ての物を手に入れたあとも、しばらく店に長居したくなります(小さな空間なので、ほどほどに)。生まれ育った浅草や江戸小玩具の歴史に詳しいだけでなく、多方面への関心の高さを伺わせる豊富な話題の引き出し。姿勢が良く、服装もモダンで、とても私の父親と同世代とは思えぬほど若々しいのです。その溌剌とした様子にたくさんの元気をもらえました。「老人はなおさら身なりや清潔感が大事」といった心にしみいる助言の数々。店には朝9時半に来て、11時くらいまで店番してから友人と昼ごはんを楽しみ、週2回は銀座での長唄の稽古と食事会に参加。ゴルフや旅行が趣味という木村さんのように、健やかに、純粋な好奇心をずっと失わずに歳を重ねたいと憧れたのでした。

<右は木村さんの著書『江戸の縁起物』(亜紀書房)、美しい小玩具の写真と、江戸の粋を伝える洒脱なテキストが良い。左は木村さんの人脈をもとに編集者・ライターの藤井恵子さんが著した『浅草 老舗旦那のランチ』(小学館)>

<創業時から変わらぬデザインの包装紙。テキパキと商品を包む木村さんの手の運びにも見とれてしまう>