「鹿島立ち」──旅立ちや門出を意味するこの言葉は、茨城の鹿島神宮がその由来といわれています。また、日本各地のパワースポットをつなぐ「レイライン」、別名「御来光の道」と呼ばれる直線の最東端が鹿島神宮であることから「始まりの地」とも呼ばれています。歴史や格式、みなぎるパワーがずば抜けている鹿島神宮の魅力をご紹介しましょう。
目次
1. 鹿島神宮の特徴・歴史・御祭神・ご利益
2. 鹿島神宮へのアクセス
1. 鹿島神宮の特徴・歴史・御祭神・ご利益

まずは、鹿島神宮の基本的な概要から学んでいきましょう。
1.1 特徴
茨城県鹿嶋市にある鹿島神宮は、常陸國一之宮(ひたちのくにいちのみや)です。一之宮とは、一国の中でもっとも格式の高い神社に与えられる社格で、全国約600社ある鹿島神社の総本社となります。また、現在でこそ「神宮」を名乗る神社は各地に見られますが、古来、「神宮」を司る神社は三重県の伊勢神宮、千葉県の香取神宮、そして鹿島神宮の3社のみ(古文書『延喜式』による)。ここからも鹿島神宮が古くから別格の存在であったことが伺い知れます。
さらに、鹿島神宮と香取神宮に茨城県の息栖(いきす)神社を加えて東国三社と呼びます。江戸時代には利根川から江戸を結ぶ水運が引かれると東国三社参りが庶民の間で大流行しました。鹿島信仰は江戸時代から今日に至っています。
1.2 歴史
鹿島神宮のはじまりは、なんと皇紀元年(紀元前660年)!つまり、今から2679年前、天皇の御代がはじまった初代神武天皇までさかのぼります。
神武天皇が東国征伐にて窮地に立たされたとき、国土平定の神で知られる武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)が授けた「韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)」の神威に救われました。これに感謝した神武天皇が大神を祀る社を鹿島に建てたのが興りと伝えられています。
やがて、飛鳥奈良、平安の世に入ると皇室や藤原氏など朝廷との結びつきがますます強固となり、東国遠征の重要拠点であると同時に東国の守護神として篤く信仰されるようになります。それは中世・近世の武家政権に移ってからも変わらず、源頼朝や徳川将軍家など多くの武将から武神として崇敬されることとなります。
1.3 御祭神
鹿島神宮の御祭神は、建国の神、そして日本神話最強の武神とされる武甕槌大神です。
日本神話では、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の命を受けて香取神宮の御祭神「経津主大神(ふつぬしのおおかみ)」とともに高天原(たかまがはら、いわゆる天上界)から出雲国へ向かい、葦原中国(あしはらのなかつくに ※地上界、いわゆる日本のこと)を治める大国主命(おおくにぬしのみこと)と交渉して無事国譲りを成功させ、今ある日本の建国に身を挺したといわれています。
1.4 ご利益
レイラインという言葉をご存知ですか?
レイラインとは、古代遺跡やパワースポットと呼ばれる建造物が一つの直線上に並んでいるように見える線のことで、別名「御来光の道」とも呼ばれています。
日本にはいくつかレイラインが存在すると考えられ、その一つが、鹿島神宮を最東端とする、皇居~明治神宮~富士山~伊勢神宮~吉野山~高野山~剣山~高千穂神社を結ぶ一つの直線です。その直線には、ほかにも東京スカイツリーや著名な古墳、霊山などが含まれます。
そんな"氣"の通り道の入口が鹿島神宮であることから「すべての始まりの地」とされ、人生を転換するターニングポイントにご利益があるとされています。
さらに、武神であり、国譲りの交渉を成し遂げた勝利神である武甕槌大神にあやかり、武芸上達、勝負に打ち勝つ「勝負運」、迷いを断ち切り強い意志で進める「決断力」、邪魔するものをはねのけて突き進む「行動力」、人を導き変革を成し遂げる「リーダーシップ、交渉力」などのご利益があるとされ、スポーツマンからビジネスマン、あるいは受験生からも支持されています。さらに転じて恋の駆け引きに打ち勝つ「恋愛運」にもご利益があるとされています。
2. 鹿島神宮へのアクセス

鹿島神宮へのアクセスは、都心からお越しの際は高速バスが便利。東京駅や羽田空港、東京ディズニーリゾート、東京テレポート駅から直通バスで2時間~2時間半ほどで到着します。詳細は下記の関東鉄道および京成バスホームページをご参照ください。
高速バス
電車の場合は、東京駅からJR総武線・総武快速線で佐原駅下車、JR鹿島線に乗り換え鹿島神宮駅下車、所要2時間半前後で運賃1,900円前後となります。
自動車の場合は、東関東自動車道茨城・つくば方面で潮来(いたこ)IC出口を降り、国道101号・51号経由で約15分です。大鳥居脇には第一駐車場(有料60台)が、そこから約650m離れた場所に第二駐車場(無料55台)があります。詳しくは下記HPでご確認を。