核兵器の使用に慎重なロシア

ロシアは今のところ核兵器の使用について、少なくとも公式な声明では、かなり慎重な姿勢を保っています。戦略論の大家であるローレンス・フリードマン氏(キングス・カレッジ)は、ロシアの核使用のレッド・ラインは、NATOの直接の軍事介入だろうと読んでいました。それを裏づけるかのような発言は、ロシアの指導者から聞かれます。

ロシア外務省高官のアレクサンダー・トロフィモフ氏は8月2日、ロシアが核兵器を使用する「シナリオ」が妥当になることがあるとすれば、「ウクライナ情勢」そのものではなく、ウクライナ情勢を巡ってのNATO諸国からの「直接攻撃」に対抗するために使用の決断があり得ると表明しています。

セルゲイ・ショイグ国防相は、8月16日「軍事的な観点から言えば、設定された目標を達成するためにウクライナで核兵器を使用する必要はない。ロシアの核兵器の主な目的は、核攻撃を抑止することだ…特別軍事作戦でロシアの戦術核兵器や化学兵器の使用を巡る憶測をメディアが広めている。これらの情報は全て完全なうそだ」と強い口調で、大量破壊兵器をウクライナで使用することを否定しています。

このように現在までのところ、クレムリンはウクライナにおける核兵器の意図的な使用を否定していますが、核戦争は意図せざる結果として起こることもあれば、偶発的な核兵器の応酬になる恐れもあります。これには注意が必要でしょう。

アメリカの若手政治学者は、次のように警告しています。ロシア・ウクライナ戦争において、アメリカやNATOがロシアのレッド・ラインに近づくと、ロシアの貯蔵庫から核弾頭が取り出されミサイル基地に運ばれることになります。そしてプーチン大統領と軍首脳が下した核兵器使用の命令を円滑に核ミサイル基地へ伝えるために、下級レベルの指揮統制システムへの権限移譲が進むことになります。これらの動きは、指揮命令系統や核兵器の取り扱いにおけるミスによる核使用のリスクを高めてしまいます。

核戦争を防ぐために必要なこと

アメリカのランド研究所は、ロシア・ウクライナ戦争のエスカレーションを分析して、核戦争に発展するのを防ぐための提言を公表しました。それらは、NATOは戦争に直接介入しないシグナルをクレムリンに送ること、NATO東方における戦力の強化は防御的にして、ロシアを攻撃できる長距離の打撃力は控えること、プーチン政権の打倒ではなく戦闘の停止が目的であることを明確にすること、などです。

同研究所の所属するサミュエル・チャラプ氏と外交問題評議会のジェレミー・シャピロ氏は、『ニューヨーク・タイムズ』紙のオピニオンにおいて「我々は、双方が相手が前進し始めたら直ぐにもっと前進するよう強いられていると感じる、古典的なスパイラルを目撃している。このダイナミズムが制御不能になるのを防ぐ最良策は、手遅れになる前に対話を始めることだ」と戦争のエスカレーションが核兵器の使用を招く危険を訴えています。

もっとも、停戦のカギを握っているゼレンスキー大統領は、プーチンとの対話のつもりは全くないようです。かれは「ロシアが奪った領土の維持を認めるような停戦は、さらなる戦闘を促すだけだ」と指摘し、ロシアに次の戦いに向け同国軍に補給や再武装の機会を与えることになると述べています。その一方で、ゼレンスキー氏は年末までの終戦を望んでいるが、実現するかは不透明だとも発言しています。