パラノイア感の時代へ

さて、このように対馬容疑者の頭の中はパラノイア感に支配されていた可能性が考えられるわけですが、今後、パラノイア感に支配される人は増えるのでしょうか?

実は私がこの概念に注目し研究を始めたのは理由があります。日本では1980年から「うつ病の時代(大原,1981)」と言われはじめました。実際に1990年代から2000年代にかけて精神科ではうつ病の受診が大きく増えました。

しかし、2000年代後半の格差社会の進展の中で不遇な立場に追い込まれる人が増えました。格差社会という社会病理を反映した不遇なので、人のせいにできてしまいます。そこで、2005年に嫉妬や羨望にとらわれる人が増えて、時代を反映する精神病理がうつ病からパラノイア感にシフトするのではないかと予想しました(杉山,2005)。

現在、社会には多くの不満が渦巻いています。コロナ禍で不満の矛先は様々な方向に分岐している面もありますが、格差社会が放置され、そのしわ寄せが派遣労働者などいわゆる非正規雇用とされる方々に集中しているのが実態です。むしろ、ますます酷くなっています。対馬容疑者の事件だけで結論づけることはできませんが、私の悪い予想が当たりそうな予感がしてしまいます。

「うつ病の時代」もある意味で魂の地獄とも呼べる時代ですが、仮に「パラノイア感の時代」が本当に来てしまったら…。他者を害する、貶める、陥れる、といった行為が横行するという、また別の意味での地獄を招きます。

今回は無計画な単独犯でしたが、パラノイア感でつながった人々が徒党を組んで組織的、計画的な他害行為を行ったとしたら、そしてそれが法の盲点を突いた現代司法では裁けない何かだとしたら…。考えるだけで恐ろしいですね。この問題は単に対馬容疑者の問題と片付けるのではなく、社会的な問題として広く共有する必要があると言えるでしょう。

文・杉山 崇

参考文献
Bodner, E., & Mikulincer, M. (1998). Learned Helplessness and the Occurence of Depressive-Like and Paranoid-Like Responses: The Role of Attentional Focus. Journal of Personality and Social Psychology, 74, 1010-1023.
大原健士郎(1981)うつ病の時代,講談社現代.
杉山崇(2005)社会階層の分断化とキャリア発達カウンセリング,山梨英和大学紀要4, 1-15.
杉山崇(2018)心理学研究におけるパラノイア感・抑うつ感の定義と測定尺度の作成,心理相談研究 9, 1-11.

杉山崇(脳心理科学者・神奈川大学教授)
大人の杉山ゼミナール、オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになれる心の使い方」はでメンバーを募集中です。
心理学で世の中の深層を理解したい方、もっと幸せになりたい方、誰かを幸せにしたい方、心理に関わるお仕事をなさる方(公認心理師、キャリアコンサルタント、医師、など)が集って、脳と心、そしてより良い生き方、働き方について語り合っています。

文・杉山 崇/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

【関連記事】
「お金くばりおじさん」を批判する「何もしないおじさん」
大人の発達障害検査をしに行った時の話
反原発国はオーストリアに続け?
SNSが「凶器」となった歴史:『炎上するバカさせるバカ』
強迫的に縁起をかついではいませんか?