いま、円の価値が急落しています。

5月11日の為替市場では、アメリカの4月の消費者物価指数が市場予想を上回ったことからドルが買われ、円相場は1ドル=130円台にまで下落しました。多くのアナリストは、今後もこのドル高・円安傾向は続くとみています。

円の価値が下がっているのは、ドルやユーロに対してだけではありません。ウクライナへの侵攻によって国際的に非難され、経済制裁を受けているロシアの通貨・ルーブルに対しても、円はコロナ禍前の為替水準まで下落していることをご存知でしょうか?

なぜいま、これほど円の価値が下がっているのでしょうか? 円安によって輸入原材料が高くなり、物価が上がっていくこの局面で、どのように資産と生活を守ればいいのでしょうか?

損害保険会社・投資銀行勤務を経て現在、企業FPとしてコンサルティングを行う立場から、円急落の背景と資産の守り方を考えます。

ロシア・ルーブルに対しても下がる円の価値

ウクライナ侵攻をきっかけにロシアの主要7銀行は、国際的な金融システム「国際銀行間通信協会(SWIFT)」から除外されました。それによってルーブルは一時急落したと報じられましたが、下落はつかの間、ルーブルはどの通貨に対しても価値を取り戻しています。

とりわけ円に対しては、他国通貨に比べ下落率が大きい分、2017年のコロナ禍前の為替水準にまで円の価値が落ち込んでいるのです。

ロシアルーブルに対しても下落する円の価値:円急落の理由と資産を守る方法 (笹田 潔)
(画像=エイチ・エス証券株式会社 為替チャート:ロシア・ルーブル[RUB/JPY](2022/05/16時点)、『アゴラ 言論プラットフォーム』より引用)

日本銀行の黒田総裁は4月の記者会見で「消費者物価は4月以降、2%程度の伸びとなる可能性がある」としました。また「現在の物価上昇は、エネルギー価格の上昇による『望ましくない物価上昇』であり、大規模な金融緩和を続け、景気を下支えする必要がある」とも述べています。つまり、インフレが進行しているにもかかわらず、金融緩和策を続けるというのです。

世界各国のアナリストは、このような方針を取るのは世界中でトルコと日本だけだと酷評しています。

トルコのエルドアン大統領は「インフレは金利を下げれば治る」という理論を掲げ、過去2年半に3人の中央銀行総裁を解任しました。そうして無理に金融緩和を続けているのです。結果トルコのインフレは止まらず、ロシア・ウクライナ情勢が悪化した後、トルコリラはさらに下落することになっているのです。日本もそのような事態にならないことを祈るばかりです。

日本が抱えるオイルショックのトラウマ

なぜ、日本はインフレのなかでも金融緩和策を続けるのでしょうか?

そもそもインフレは次のような循環で発生します。

景気がよくなる → 給与が上がり、収入が増える → お金よりモノを必要とする → 需要が増えて消費が拡大する → 供給不足が生じモノの値段が上がる → 供給量を増やすべく、企業が設備や人への投資を加速する → 仕事の機会が増える → 景気が良くなる

しかし現在の日本のインフレは、原材料の高騰による物価上昇という、まさに黒田日銀総裁が指摘した「望ましくない物価上昇」の状況です。

景気後退とインフレが同時進行するこの現象は、景気停滞を意味する「スタグネーション(Stagnation)」と「インフレーション(Inflation)」を組み合わせた合成語の、スタグフレーションと呼ばれています。

日本が過去にスタグフレーションに陥ったのは、1970年代から80年代初めに起きたオイルショック(石油危機)のときです。

73年10月に勃発した第4次中東戦争をきっかけに石油輸出国機構(OPEC)が原油価格を引き上げ、それを受けて、インフレの急加速と景気悪化を招く第1次オイルショックが起きました。

74年の消費者物価指数は前年の同じ月に比べ、上昇率が20%台にまで急伸しました。この時日銀は金融引き締めに動きましたが、実質国内総生産(GDP)はマイナス成長に陥ってしまいました。

このように景気回復が伴わない物価上昇は国内総生産(GDP)をマイナス(経済全体の縮小)に導く危険な状況につながる恐れがあります。日銀黒田総裁はこのことを懸念し、金融緩和策を継続せざるを得なかったものと考えられます。