2021年3月13日、学位授与式が挙行された。それを機に私の人生の夏休みを省みた。それは率直に言って最低なものであった。

亡くした母に寄り添わなかった大学生の後悔と決意 --- 丸山 貴大
spukkato/iStock(画像=『アゴラ 言論プラットフォーム』より 引用)

一心不乱に勉学に勤しんだ大学生活と父の死

私が1年次だった2017年6月8日、父が病気で鬼籍に入った。それは青天の霹靂であり、精神的苦痛も非常に大きかった。

それでも、一心不乱に勉学に勤しんだ。結果、2~4年次まで年間授業料の50%が免除された。さらに、4年次には学校から25万円の奨学金が給付された。その他、経済的事由で1~4年次まで年間授業料の30%が免除された。

また、アルバイトにも一所懸命に従事した。そこには壮年の女性が多く、学校と比べるとアウェイだ。それでも3年半続け、4年間の総学費の約87%を回収することができた。

学業とアルバイトの成果により、学費の黒字化が完全に達成された。父のことがあってから、私はお金のことしか頭になかった。それは、裏を返すと母に寄り添ってこなかったことを意味する。

しかし、母を顧みなかった

母は専業主婦だったが、どこまで社会的繋がりがあったのか、私には分かりかねる。特に、昨年は社会的引きこもりに陥っていたのかもしれない。そのような状況に置かれた母に真っ先に寄り添うべきは私であった。

しかし、私は家事を一切せず、母をどこかに連れていくわけでもなかった。それを親離れ、と捉えるならば、子は一体いつ、父母に孝に、という徳目を達成することができるのだろうか。

石に布団は着せられないことを痛感したにも関わらず、どうして責務を果たそうとしなかったのか。それ以上に、母がどのような心理状態に陥っているのかさえ、どうして気づこうともしなかったのか。