11. 拙速にグリーン投資すべきでない

グリーン投資に乗り遅れてはいけないという風潮が見られます。技術開発は先頭を走るべきですが、設備投資は拙速に行うべきではないと思います。排出量実質ゼロに水を差すつもりはありませんが、常識的に考えれば、2050年までに世界で排出量実質ゼロが実現しない可能性が高いと思われます。

先ず、化石燃料輸出国の問題があります。化石燃料に財政の多くを依存する発展途上国は、財政破綻、飢餓・難民が発生するでしょう。図-17に、化石燃料輸出額上位30国を示しました。輸出から輸入を差し引いたネットの輸出額です。輸出数量でなく金額のため、一部に正確さを欠くデータが含まれているかもしれませんが、概ね全体像を表していると考えます。GDPの10%以上を化石燃料の輸出に依存している国が20カ国近くあることが分かります。それらの国に対する具体的な対策は、未だ議論されていないように思います。ロシアを始めとする化石燃料輸出国の賛同が、本当にどこまで得られるか疑問です。

2050年の排出量実質ゼロ④ 〜危惧される事項 --- 田中 雄三
(画像=『アゴラ 言論プラットフォーム』より 引用)

次に発展途上国の経済成長の問題です。先進国は現在の豊かさをある程度犠牲にすれば、排出量実質ゼロを達成できるでしょう。しかし、発展途上国が再生可能エネルギーに依存して、今より豊かな社会を築くことは難しいと考えます。

都市部は先進国並みになった中国でも、地方農村部との所得格差が解消するまでは、真剣に実質ゼロに取り組めないでしょう。インドは、中国より30年ほど遅れて、豊かな社会の入口に立っています。発展途上国はどこでも豊かになろうと努めていますが、化石燃料から再生可能エネルギーへの移行とは両立しないように思います。

多くの発展途上国の経済成長が遅れたのは、16世紀以降に欧州諸国が行ってきたことの影響が少なくありません。EUが推進する排出量実質ゼロにより、また、発展途上国の経済成長が遅れることになるかもしれないのです。

地球温暖化に科学的不確実性があることは、専門家の間で認められたことです。代表例は気候感度で、大気中のCO2濃度が産業革命時の2倍になったとき、世界の平均気温の上昇は1.5~4.5℃と評価されています。気温上昇の予測幅は約3℃と広く、僅かな気温上昇について議論する知見はないのだと思います。温暖化が進行していることは確かでも、温暖化による将来の気候予測が変わらないとも限らないのです。

日本の政権は、米国に引きずられて実質ゼロを宣言しましたが、米国は民主党と共和党が交互に政権を担う国です。共和党政権になったとき、京都議定書の場合と同様に政策が変わることを想定しておく必要があります。EUと日本だけでは、気候変動を防ぐことはできません。

おわりに

EUは気候変動対策の準備を、長期に亘り慎重に進めてきました。京都議定書が採択されたCOP3の前年の1996年6月、EU加盟国の環境大臣が出席したEU環境理事会の議事録には、気候変動に関する理事会の結論が次のように記載されています。

EU環境理事会は、1995年に発行されたIPCCの2次評価報告書に基づき、産業革命以降の世界の平均気温上昇を2℃未満に抑制し、従って、大気中のCO2濃度を550ppmに安定させる必要があると結論する、と記載されています。それは、「後悔しない対応」ということのようです。

同時に、気候変動対策により、EUだけが経済的損失を被ることを避けることが、既に議論されています。

EUの考えはその後も確実に引き継がれ、2009年のG8ラクイラ・サミットでは、世界のGHG排出量を2050年までに50%削減し、先進国全体で80%以上削減することが確認され、2009年のCOP15コペンハーゲン合意では、気温上昇が2℃を超えないこと、先進国は2020年以降までに発展途上国の温暖化対策に年間1,000億米ドルの資金供与目標を約束しました。2015年にはパリ協定が採択され、平均気温上昇を2℃未満に抑え、1.5℃未満を目指すことになり、2019年の国連気候行動サミットでは、65ヵ国と地域が2050年までにGHG排出実質ゼロを約束したと報告されました。

EUが気候変動対策に熱心なのは、気候変動による危機感によるものですが、同時に、化石燃料から再エネへの世界の大変革のもとで、第二次世界大戦以降低下した欧州の産業競争力の回復を周到に計画しているものと思います。

一方日本は、2050年に排出量実質ゼロ、2030年に46%排出削減を目指すことになりましたが、実質ゼロのシナリオはまだありません。技術革新を前提に実施することになっているだけです。

排出量実質ゼロは、本当に達成できるかも分からない世界の大変革ですから、慎重な対応が必要です。日本は2030年の46%削減を目指して邁進するのではなく、先ず、数年を掛けて気候変動対策の実行計画を作成し、その間に、異常に高い日本の太陽光発電の設備価格の是正など、必要な事前準備をすべきです。また、EUに対抗して産業競争力の向上のため、必要なら米国等と手を組むことも考えるべきでしょう。地球温暖化は、46%削減が数年遅れることを避けなければならない問題ではありません。

文・田中 雄三/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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