コロナ禍で共生意識はどうなった?
では、コロナ禍での共生意識のメンテナンスはどうだったでしょうか? 残念ながら、コロナ前よりメンテナンスが損ねられていたリスクがあります。これはコロナ禍の最盛期から懸念されていたことでもありますが、社会活動が制限される中で「共生」を深く実感する機会が減ってしまっているからです。
特に「自分(たち)だけが使うもの」である家に籠もることが多いと危険です。「みんなが使うもの」と「自分だけが使うもの」の区別が曖昧になる場合もあり得るからです。
街角の出来事から
このことを象徴していると言えるかどうかはよくわかりませんが、休日の街角ではコロナ前ではあまり見られなかったある光景が増えている印象があります。その光景とは、人が行き交う比較的狭い歩道で、子連れの親が少々興奮気味に「警察!! 警察!!」と口にしている場面です。
一見すると平和そうな親子連れが「警察!」と叫んでいる場面は穏やかではありません。気になってしまいますよね。ゆっくり観察することはしませんでしたが、私もついつい注目してしまいました。
実は、このような場面に1週間少々の短期間で複数回遭遇しました。たまたまかもしれませんが、続いて遭遇すると増えている印象を持ってしまいます。
その概ねとしては…
- 3歳から5歳くらいと思しき子どもが歩道を走っていた
- 親はそれを後ろから見ていた
- 子どもが通行人の荷物などにぶつかった
- 親が怒り、通行人と口論に…
という展開だったようです。
こういう場合、「誰が悪かったんだ」という犯人探しに陥りがちです。通行人が悪意を持ってぶつかったのか、親が子どもの安全配慮を怠ったのか、子どもが衝動的に駆け出したのか…、深層はわかりません。法的な責任問題などは専門家が議論することなのかもしれません。
ですが、いずれにしても、痛い思いをした子どもが可愛そうですね。みんなが「道路はみんなが使うもの」「道路は子どもには危険がいっぱい」という前提で行動していたら、お互いにもっと慎重に行動していたのではないでしょうか。
また、親が子どものことで感情的になるのは一般的だとしても、「警察!」という言葉からは双方に非を押し付けあって対立してしまった可能性が示唆されます。共生意識に伴う「相互理解」の姿勢も感じられません。ここからも「共生意識」の危機を連想してしまうのは私だけでしょうか。