マルクス「窮乏化法則」の理論的破綻
したがって、マルクス著「資本論」の「資本主義が発達すればするほど労働者階級は窮乏化する」という「窮乏化法則」に基づく労働者階級の「絶対的貧困化」(「資本主義が発達すると、労働者は絶対的に貧しくなり、乏しい食事をとり、穴倉や屋根裏に住まねばならなくなる」レーニン全集18巻「資本主義社会における貧困化」)は、日本など先進資本主義諸国ではすでに解決されている。すなわち、マルクス著「資本論」の核心である「窮乏化法則」は、日本など、少なくとも発達した先進資本主義諸国では、もはや有効でも妥当でもなく、理論的に破綻していることは明らかである。
このことは、日本など先進資本主義諸国では社会主義革命が不可能または著しく困難であることを意味する。
マルクス著「資本論」の核心である「窮乏化法則」については、歴史的にも、エンゲルスの後継者とされたドイツ社会民主党のベルンシュタインは、1899年刊行の主著「社会主義の諸前提と社会民主党の任務」(「ダイヤモンド社」)において、「我々は労働者をあるがままに受けとらねばならない。そして、労働者は共産党宣言で予見されていたほど一般的に窮乏化してもいない」と述べて「窮乏化法則」を批判し、社会民主主義的な「漸進的社会改良主義」を主張して、マルクス・エンゲルスの「暴力革命」に反対した。
「窮乏化法則」に関するマルクスの重大な理論的誤謬は以下の理由による。
① マルクスは、主著「資本論」において、資本主義経済のモデルとした19世紀中葉の英国における産業予備軍(「失業者」)の存在を絶対視した結果、産業予備軍の存在から直ちに資本主義的蓄積の一般法則として「窮乏化法則」を帰納した理論的欠陥があった。
② 19世紀初めの英国では工場労働者による大規模な「機械破壊運動」(「ラダイツ運動」)があった。時代的制約とはいえ、マルクスは、機械化の促進は労働者を不要にすると短絡して考え、生産性向上に不可欠な研究開発労働・各種機械自体を生産する労働・生産物を流通販売する労働・生産管理労働・各種事務労働・各種サービス労働などを無視ないし軽視した。マルクスは、その当時は圧倒的多数の「工場労働者」(「ブルーカラー」)を労働者階級と認識していたのである。
米国でベストセラーになり、昭和33年(「1958年」)翻訳出版された米国の著名なジャーナリストのジョン・ガンサーは、著書「ソビェトの内幕」で、「マルクスは、資本主義は必ず労働者階級を貧困化すると固く信じていたが、それと全く正反対に近いことが起こっている。テレビや高価な自動車を持っている米国の労働者の数を数えてみなさい。マルクスは、賃金は絶えず強制的に引き下げられる傾向があると考えたが、逆に賃金は着実に上昇している。」と述べている。
マルクスの予言に反し、今から65年前でも米国の労働者階級は比較的豊かな生活をしていたことが分かるのである。
マルクス、レーニン「賃金奴隷説」の時代錯誤
日本でも、高学歴の膨大なホワイトカラー層の存在や、情報通信(IT)・金融分野など専門的・技術的就労者の増大により、高額の給与を取得する労働者層が年々加速度的に増加し、失業率も顕著に低下して、現在の先進資本主義諸国の労働者階級の状態を「鉄鎖のほかに失うものはない」(「マルクス・エンゲルス著「共産党宣言」河出書房新社」)とか、「賃金奴隷」(レーニン著「資本主義社会における貧困化」レーニン全集第18巻)などと蔑視することは、客観的事実に著しく反し到底許されない時代錯誤の極みである。
マルクス主義研究者の田上孝一氏も、近著(「99%のためのマルクス入門」晶文社」)で「現在の労働者の殆どはこれほど悲惨な境遇にはない。その意味でマルクスが見つめていた労働者の現実は今日においては大きく改善されたと言えるだろう。」と述べ、労働者階級の「窮乏化」の事実を否定しておられる。
そのため、さすがに、元日本共産党中央委員会幹部会員の評論家蔵原惟人氏も、「労働者自体が無一物の無産者という感じではない多数の層が成長し、自家用車も持っている。このような変化に共産党としても対応する必要がある」(「蔵原惟人評論集第9巻」新日本出版社)と述べ、労働者階級に「窮乏化」の事実がないこと、むしろ自家用車も持ち生活水準が向上している事実を率直に認めている。
現代日本の労働者階級は、自家用車のみではなく、一戸建て住宅や分譲マンションに住み、各種電化製品を備え、家族で頻繁に海外旅行に行く階層も決して少なくないことは上述のとおりである。この状況は日本のみではなく、先進資本主義諸国の労働者も同じである。