ロシアへの軍事的圧力がもたらす矛盾
こうした泥沼の戦いは、両軍の兵士ばかりでなく、一般市民を巻き込んだ悲劇的な死闘になるでしょう。ロシアがウクライナへの軍事支援の補給路を断つために、東欧のNATO諸国に攻撃を加えれば、一気に西側との大戦争にエスカレートする恐れがあります。そうなると西側諸国が避けたかった「第三次世界大戦」が、意図せざる結果として現実のものになるかもしれません。
あるいは、ロシアはウクライナを恐怖に陥れることで戦闘意欲を削ぐことに期待して、戦術核兵器の使用に踏み切るかもしれません。ロシア政府は、ウクライナの「特別軍事作戦」では核兵器を使用しないと公式に宣言していますが、戦況が変われば、これを「宣戦布告」に切り替えて、自国の生存が脅かされているとの理由から限定的な戦術核兵器による攻撃に打って出るかもしれません。
ウクライナの勝利を目指すロシアへの軍事的圧力は、避けるべき核戦争を招く、自己敗北的予言になりかねないのです。
保守派のテッド・カーペンター氏(ケート研究所)は「ウクライナをNATOの軍事的手先にしないことが、ロシアの指導者にとって死活中の最大の死活的利益だ。モスクワがウクライナ戦争で敗北の苦境に近づけば、クレムリンは必要なことは何でも、必要なリスクは何でも、そのような結果を防ぐために行うだろう…ウクライナの『勝利』の達成すなわちロシアに屈辱を与えることを擁護する者は、善悪を決める世界終末戦争へと選択を狭めている」と警鐘を鳴らしています。
この大惨事の可能性は、フィンランドとスウェーデンの加盟によるNATOの一層の拡大が実現すれば、さらに高まることになるでしょう。この問題について、ロシアはあの手この手で西側諸国にゆさぶりをかけています。
プーチン大統領は「何の問題もない」と静観する姿勢を示す一方で、ロシア外務省は5月12日、ニーニスト大統領のNATO加盟表明を受けてフィンランドがNATOに加盟すれば、「(ロシアとの)両国関係や、北欧の安定と安全の維持に深刻な打撃を与える…安全保障に対する脅威を排除するため、軍事技術やその他の手段で対抗措置を取らざるを得なくなる」と威嚇しています。
核戦争へのエスカレーションを避けるために
このようにロシア・ウクライナ戦争における当事国間のリスク受容の競争は、エスカレートするばかりです。ところが、この危険なチキン・レースには誰もが避けたいことがあります。それは核戦争へのエスカレーションを避けるということです。
これはロシアとウクライナ、そして西側諸国の共通の利益です。しかしながら、利益は戦争で争っている国家間で自動的に調和しません。放置しておけば、戦争は自動的にエスカレートしてしまいます。残念ながら、「全てといわずとも、大半の戦争状況であっても、そこに機械的に適用されるエスカレーションのコントロールのための単純なルールは存在しない」のです(リチャード・スモーク氏)。
この難問に国際政治学の知見が何らかのヒントを与えてくれるのであれば、リスク受容競争の帰結は当事国の利益や決意に左右されるということです。リアリストのスティーヴン・ヴァン・エヴェラ氏(マサチューセッツ工科大学)は、核戦争のリスクを孕む安全保障競争では、国家の生き残りといった死活的な利益がかかる側が、強い決意(覚悟)で対決に臨むだろうから優位に立つと以下のように主張しています。
ウクライナ情勢において、ロシアは敵国より賭けるものが大きく、より強い決意で臨めると信じる一方で、アメリカとNATOが節度を守る場合に(核戦争のリスクは)発生する。ロシアはリスク受容の争いで勝つことができると信じるだろう。
ロシアは強い決意すなわち大戦争へと相互エスカレーションの危険度を上げれば、相手側は最終的に引き下がるだろうと期待してエスカレーションの危険を冒すだろう…プーチン大統領がウクライナの西側との連携はロシアの死活的な国家安全保障上の利益を脅かすと信じているのは明らかだ。
したがって、彼はアメリカやNATOより、大きな賭けをしていると感じるだろう。だから、彼は決意で優ると信じることができるのだ。彼は核兵器をゲームに持ち込めば、決意で劣る西側は引き下がるだろうから、この対決で勝てると考えるだろう。だからこそ、彼はエスカレートの方法を探し求められるのだ。
要するに、核戦争のリスクをどれだけ覚悟できるかが、ロシア・ウクライナ戦争のエスカレーションのカギを握っているのです。
もしリスク受容のバーゲニングがロシア・ウクライナ戦争の本質なのであれば、そして、それに賭ける当事国の利害と決意が争点なのであれば、ロシアを屈服させるには、ウクライナを包括的に支援する西側が、核戦争のより大きなリスクをとり、より強い覚悟を固めなければなりません。
もちろん、戦争の行方は、大戦争や核兵器の使用へのエスカレーションだけで決まるわけではありません。ロシアの意思決定の中核にいるプーチンが健康上の理由により退陣したり、命を落としたりすれば、戦争は予想もしなかった展開になるでしょう。
しかしながら、戦争に関与している指導者の陣容が保たれる条件下においては、リスクと利益という要因が当事国の行動をかなり制約します。核戦争のリスクを賭けたバーゲニングでは、どちらかがエスカレーションを抑制しなければ、破滅的な結末を招くことになります。ここに政治的英知が求められる理由があります。