ロシアがウクライナに全面侵略を始めてから、約3か月が経とうとしています。ロシアの当初の目論見は、短期間でウクライナの首都キーウを制圧して、同国を勢力圏内に収めることだったようですが、それは果たされませんでした。

そこで、クレムリンは戦争目的をウクライナ東部のドンバス地方を支配することに下げたようです。そのウクライナ東部では、西側の強力な軍事支援を受けているウクライナ軍とロシア軍が一進一退の攻防を繰り広げています。戦争は長期的な消耗戦争の様相を呈してきました。

ロシア・ウクライナ戦争で覚悟すべきリスクとは何か
(画像=IherPhoto/iStock、『アゴラ 言論プラットフォーム』より引用)

ロシア・ウクライナ戦争の刻一刻と変化する展開に目をとらわれてしまうと、われわれは戦争の重要な特徴を見過ごしてしまうかもしれません。その看過されがちな1つの側面は、この戦争が当事国によるリスクを覚悟する競争だということです。こうした暴力を用いたバーゲニングをトーマス・シェリング氏は「リスク受容の競争」と呼びました。

戦争の当事国は、暴力のエスカレーションの危険を冒しながら、より冒険的な行動をとっていきます。戦争に従事する国家は、行使する暴力のレベルを上げていくことで、相手が怯み、自らに有利な条件をのんだり、戦争目的を縮小したり、屈服したりすることに期待します。こうした期待は、戦闘にたずさわる双方が抱きますので、戦争は自動的にエスカレートする傾向にあります。

戦争のエスカレーションのメカニズム

武力行使のエスカレーションは、国家が戦争に賭けたものが大きくなれば、それだけ後には引けなくなるので、どんどん進行していきます。これにはギャンブルにはまる人間行動と同じメカニズムが働いています。

人はギャンブルに負けると、その負債を回収しようとして、負ける確率が高いことが分かっていても、わずかに残る勝ちへ過剰な期待を寄せて、無謀な賭けをしばしば続けてしまいます。その結果、ギャンブルを始めた当初は予想もしなかった途方もない身の破滅へと導かれるのです。

同じことは、戦争にもあてはまります。戦争のエスカレーションについて先駆的な研究成果を残したリチャード・スモーク氏は、これについて次のように説明しています。

掛け金が吊り上がると、総どりでの勝ちを望むようになる(そして、すべてを失う負けも恐れるようになる)…例えば、何百万人もの若者が死んだり不具になったりした後では、そして恐ろしいほどの経済的負担が支払われた後では、第一次世界大戦が始まった時に掲げていた穏当な目標で問題を解決することが、どの戦争当事国もできなくなってしまった…賭けるものが大きくなると、国家はコストを払うのを厭わなくなり、より高いリスクを進んで冒すようになる…一方の側の行動は他方の側の反応を呼び込む…作用・反作用の効果は最初には全く想像できなかった新しい状況を作り続けて、大抵は、より高い掛け金を危険にさらしてしまうのだ。

(, Harvard University Press, 1977, p. 24)。

残念ながら、ロシアもウクライナも西側も、こうしたエスカレーションのダイナミズムに入り込んでいます。

第1に、ロシアはウクライナ側の条件を受け入れて妥協するより、何としても敗北を避けようとしているようです。ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、ウクライナが態度を硬化させ、米英、EUが自らの戦略的優位のためにウクライナを利用する目的で支援していると非難しています。そしてウクライナが国内の現状ではなく西側の言い分に対話をシフトすれば、協議の前進はあり得ず、和平合意は実現しないと主張しています。

元大統領のドミートリー・メドベージェフ安全保障会議副議長も「わが国が攻撃された場合には即刻、超強大な報復が可能だ」と述べ、ウクライナ侵攻で対立を深める欧米などに対して、核兵器の使用へのエスカレーションをにおわせながら、強くけん制しています。ロシアが「賭け」から降りる気配は、今のところありません。

第2に、ウクライナは領土内に侵攻してきたロシア軍を押し返すに従い、戦争目的を拡大しています。今やウクライナは、ロシアに対する全面的勝利を超えるものを望むようになってきました。

ウクライナのドミトロ・クレーバ外相は、最近になって「勝利とは、クリミアとドンバスを含む被占領地の解放、賠償金の支払い、戦争犯罪者と人道への罪犯罪者の断罪、欧州統合におけるウクライナの場所の確定だ。これらが、私にとって勝利を構成する不可分の4つの要素である」と発言しました。これはウクライナ側が、戦争目的を戦前への原状復帰から大幅に高く動かしたことを意味します。

これまでゼレンスキー大統領は、2月24日に「ロシア・ウクライナ両勢力が支配していた地域の線まで」の回復を目標に掲げていました。しかし、今やキーウは2014年のロシアの侵攻で奪われたクリミア半島の回収のみならず、ロシアに賠償金を支払わせるなど、第一次世界大戦や第二次世界大戦で戦勝国が敗戦国に受け入れさせたような厳しい要求をロシアに突き付けています。また、戦争の行方についても、ウクライナ側はやや自信過剰気味になっています。

ドミニク・ブダーノウ国防省情報総局局長は「転換点は8月後半に訪れる。大半の活発な戦闘行為は年内に終わる。結果、私たちは、私たちはこれまでに失った行政国境に到達し、クリミアとドンバスを含む、全ての私たちの領土にウクライナ政権を完全に回復する」と勝利への自信を深めています。ウクライナは、ここへきて「賭け金の総どり」を目指すようになったのです。

このようにロシアのウクライナ侵略に端を発した軍事衝突は、戦争の典型的なエスカレーションのパターンを示しています。

ロシアは戦況が悪化すれば、敗北することを恐れるでしょう。そして、モスクワは敗北を避けようとして、ますます冒険的で危険な行動をとるようになる恐れがあります。その最悪の1つの選択が、ロシアによる戦術核兵器や化学兵器といった大量破壊兵器の段階的な使用です。他方、ウクライナはロシア軍を撃退すれば、勝利への期待を大きくします。そして、より多くの利得を得ようとして、戦争目的を拡大させるとともに、より大胆な行動をとるようになるでしょう。

こうしたロシアとウクライナの相互作用は、戦争をますますエスカレートするばかりのように見えます。戦争はエスカレートするにしたがい、長引くことになります。「勝利」をめざして攻勢をかけるウクライナ軍と「敗北」を絶対に避けようと守勢にまわるロシア軍は、激しい消耗戦に突入しそうです。