「脱炭素社会」形成の難問
アポリアとは、複数の理論や議論のうちどれが正しいのかについて合意ができない状態を表わすギリシャ語であるが、英語(aporia)でもフランス語(aporie)でも使われている。ともに「行き詰り」としての「難問」の意味が強い注1)。
現代社会では「難問」が数多くあり、この10年来EU全体が主導している「脱炭素社会」もまたかなりなアポリアであるという立場から、北海道の「脱炭素社会形成」論を点検してみたい。
その素材は、北海道「脱炭素社会形成に向けた地域戦略」の特集記事(画像1)である(『マルシェノルド』(北海道開発協会、2022年2月28日)注2)。

内容は(A)北海道知事鈴木直道氏への小磯修二氏によるインタビュー記録「ゼロカーボン北海道」への挑戦、(B)データから考える北海道の脱炭素社会づくり、(C)再生可能エネルギーの地産地活でゼロカーボンシティへ、(D)持続可能なまちづくりと地産地消エネルギー、の4点に分けられる。
これらはすべて標準的論点なので、ここで紹介して、社会学的コメントをしてみたい。
比喩としての人間の健康づくり
あらかじめ比喩的な感想をのべておく。この『マルシェノルド』の特集は、今日世界的趨勢であると道庁(道知事)が受け止めた「脱炭素社会」をめざして、北海道でも「再エネ」拡充を軸として積極的に仕掛けていき、「北海道の価値」を高めることを狙っている。かりに人間の健康を素材にすれば、ランニングは心肺機能を高め、食欲を増進して、ストレス解消にも効果があるから、みんなでそれをやりましょうと言っているに等しい。
ただ、人間個々の体調の違いや遺伝的制約などを無視しては、ランニングの健康効果は一般化できない。なぜなら、心臓や肺の機能が衰えてきた人、足腰に疾患がある人、感覚器官に不具合が起きる人にとって、ランニングはむしろ体調悪化の原因にすらなるからである。
人間の健康増進を論じる際にはこれらは当然ながら配慮されるのに、「特集」4本は北海道の老若男女すべてや諸機関・団体が「脱炭素社会」に向けての直進を是とした議論に終始した。ただ、知事とのインタビューが2021年12月27日となっているから、2022年2月24日からのロシアによるウクライナへの侵略戦争の影響は、本特集の「脱炭素」論には皆無である注3)。
本特集を総合的に判断すると、バラ色の「脱炭素社会」形成ばかりが語られているといえる。「脱炭素社会」への過程は大いに議論したいが、さまざまな問題があるので、夢多き目標だけでは済まないし、現実的でもない。逆に、北海道の社会システムにどのような不具合が起きるのかの予見もまた重要であり、事前に論じておくことの意味も意義もある。
そもそも「資源とは、使用価値の技術的・経済的・文化的評価なのである」(ハーヴェイ、2014=2017:342)という視点からすると、たとえばかつての八幡製鉄所からの「煙もうもう 天に漲る」(旧八幡市歌)が全否定されたり、「原発」への評価が「3.11」以降は逆転したり、ガソリン車と電動車の評価も揺れ動いてきた注4)。この立場で、社会学の「機能分析」とりわけ潜在的逆機能を中心として、本特集を解読したい。
では最初に、現段階の北海道のエネルギー事情を要約しておこう。