「ボディビルの目的は健康な体をつくることですから」

IM その後はどのような競技生活を送られたのですか?
須藤 ’77年のユニバースはクラス4位で次の年に逆襲してやるという気持ちはあったんですけど、あるとき、さあ練習しようというときにビール1本飲んで、練習を休んだんです。前だったらどんな誘いも俺には関係ないと断っていたのに、その意志が弱くなったと感じました。もう潮時かなと感じましたね…。’78年、’79年は全く試合に出ていませんでした。’80年に兄貴と台湾に遊びに行ったときに、ついでにミスター台湾を見に行こうと思っていたら、現地の空港に着いて急にゲストポーズを頼まれました。そこで久しぶりにステージに立ちました。
’81年には西ドイツからゲストに招待されました。声をかけてくれたのははジーン・ポッシンというNABBAの審査員をしていた人です。このときも急なオファーで当日まで1カ月くらいしかなかったんです。もうその日から減量しなければいけないので、ささみを1日100gくらいでそれ以外はほとんど食べずに仕上げました。なかなかいい感じに絞れたので、ドイツに行く前に四日市のスタジオで写真を撮ってもらいました。
IM それからはゲストの活動がメインになるわけですか?
須藤 ’81 年にハワイのインターナショナルのゲストに行ったら杉田さんも来ていて、アンコールでデュアルポーズをやったら重村尚さんが日本の大会でも披露してくれというので、石井直方さんが1回目に優勝した’81年の日本選手権でデュアルポーズをやりました。
そのときに会場で写真を売るという話があって、そうなったらプロになりますから、アマチュアではなくプロという意識が自分の中で芽生えてきました。アマチュアの競技に未練はありましたが、プロになったら出場できなくなるので、断ち切るしかないわけです。
IM そして’83年のプロユニバース出場になるんですね。
須藤 インビテーショナル・プロミスターユニバースという大会に招待されました。モハメド・マッカウェイ、ロビー・ロビンソンなど有名どころのプロ選手が出場していました。オリンピアをとる前のリー・ヘイニーもいましたね。成績は13位でしたけど、悔しさはなかったです。プロのコンテストはみんな薬を使っていますから。控室ですごい人たちに囲まれて、薬を使っていない自分だけが犯罪者になったような疎外感を感じました。ああ、場違いなところに来たなという印象でした。
私は一回も薬を使ったことはありません。それを使うくらいならボディビルをやめた方がいい。ボディビルの目的は健康な体をつくることですから。プロの試合に出たのは結局その一回きりです。
IM 今のジムをオープンしたのも’83年でしたね。
須藤 最初は自分の練習用として始めましたが、今年で39年になります。ジムをオープンするまでは、中学卒業と同時に入社した四日市港の会社で16年間ずっと働いていました。トレーニングは勤務時間外を使ってやっていましたから、ボディビルはあくまで趣味でやっていたようなものです。
世界一になろうとは最初から思っていたわけではないですからね。昨日の自分よりほんのちょっとでも良くなりたいと思って、じゃあ人の3倍やろうという考え方でやってきたんです。3倍というのは他の人が3時間やったら自分は9時間かといえばそうではなくて、トレーニングを多角的に捉えると、ポーズも栄養も睡眠もトレーニングになるんです。そういう全てを集中してトレーニングして効果を生み出す方法をやっていました。
例えば山に行って岩の上でポーズをする。岩の上は立ちにくいですから、そういう場所でポーズをするといつもと違った部分に刺激を与えることができるんです。
IM 昨日の自分より少しでも良くなろうという信条はボディビルを開始したときから持っていたのでしょうか?
須藤 小学生のころからです。両親が離婚して寂しいときに花の種を買ってきて庭にまいたんですが、なかなか育たなかったりして、それには温度と水分と日光がいることを少しずつ覚えていくんです。それは成長ですよね。そういう応用で、自分にはトレーニングやポーズの師匠はいないし、設備も良くないけれど、試行錯誤しながら少しでも良くなろうと工夫したんです。
IM 置かれた環境でこそ学べる部分があるのですね。
須藤 他人が持っていないものを持っているというのは、すごく希少価値があります。自分がそういう環境で練習しているからこそ、仮に人よりも体が細くてもそれなりの良さがにじみ出るだろうと思っていました。
逆もまた真なり、損して得取れという精神ですね。ポーズというのはその人そのものですからね。私のポーズは他の人と違うと皆さんが言ってくれますけれど、それは歩んできた人生が違うからだと思います。
IM ポーズで損して得取れというのは具体的にはどういうことでしょうか?
須藤 みんな筋肉を出そうとしますが、筋肉を出すことでバランスを崩す場合もある。一部分の筋肉しか出せなければ全身の調和を崩してしまいます。例えば脚の筋肉を出そうと思ったら立ち方が悪くなって脚が短く見える。つまり一部分が良くなってもトータルで見てマイナスになっているんです。 審査員もその細かい部分まで理解している人がなかなかいないんです。ボディビルは健康な体をつくることと、かっこいい体をつくるという根本的な部分を忘れて、まず順位をつけたがる。ポーズで足を前に出してかかとを浮かすと脚が長くスラッと見えるんです。でも脚の筋肉を出そうと思うとかかとを付けて踏ん張る。そうするとガニ股になるし、脚が短く見える。どっちがカッコよく見えるかということです。ボディビルというのは形ですから、細くても形が悪い、太すぎるのも形が悪い、そのバランスを良くするのが目的です。そこで作り上げた体をポーズでどう生かすか、それがボディビルの本質だと思います。

「最高の褒め言葉は『かっこいい』」

IM 興味深いお話ですね。むしろボディビル競技を知らない、いわゆる“普通の人”にポーズを見てもらうと、審査員とは違った目線で見るかもしれませんね。
須藤 そこなんです。普通の人が見るというと、変に聞こえるかもしれないけれど、それが本来の反応だと思います。トレーニングやボディビルの専門家になるほど、その一般的な最大公約数的な感覚からかけ離れてしまうような気がするんです。いわゆる普通に見てどっちがいいか、かっこいいか。そういう基準で審査されていたのがNABBAだったのです。
IM 大きい、小さいではなく総合的なバランスに秀でた『いい体』。誰もが感覚的にそう感じる部分が評価されていたのですね。
須藤 その当時だからこそ私が勝てたともいえます。時代や国によってもその感覚は移り変わりますからね。
IM ’87年の日本選手権のゲストポーズは今でも話題になるほど素晴らしいコンディションを披露されましたが、その映像で観客が「かっこいい!」と叫ぶ声が入っていましたね。
須藤 あの映像は子供も大人も、男も女もみんな「かっこいい」と言ってくれましたから、まさにボディビルダー冥利に尽きます。巻き戻して聞いてしまいます(笑)。「デカい」、「ごつい」と言われてもうれしくありません。誰もが見て健康的でかっこいい体をつくるのがボディビルです。最高の褒め言葉は「かっこいい」。これに勝るものはありません。
IM 読者にトレーニングへの考え方でアドバイスするとしたらどういった部分になりますか?
須藤 努力した結果は必ずいい結果が出ると信じることです。そうすれば努力することへの怖さがなくなります。トレーニングは単調なことの繰り返しですが、極めるまでは長い年月がかかります。職人の世界と一緒です。同じ種目、同じセットでやっていても5年たったときと10年たったときでは効き方が違います。やはり10年たったときのほうが上手になっていますから。例えばカールでも上手になるには10年かかります。腕の力の入れ加減と同時に、いかに姿勢をコントロールしてやるのかが重要ですが、リラックスして姿勢をコントロールできるようになるまでには時間と経験が必要になります。それができて初めて腕への集中が高まる。その少しの違いが分かるようになるまでに、やはり時間がかかります。まさに「急がば回れ」です。
私の場合は指導者がいなくてよかった、設備がなくてよかった、貧しくてよかった、プロテインがなくてよかったんです。なにごとも考え方しだいです。何でもプラスに考えれば、悪かったこともよかったことになりますからね。簡単にいうと、自由自在に生きた男なんです(笑)。


須藤孝三(すどう・こうぞう) 現役時代は神秘的ともいわれた雰囲気と、バランスの整った肉体美でNABBAミスターユニバース・ミディアムクラスで2年連続で優勝を果たす。その肉体はボディビル競技を超越した芸術作品とも評され、いまだにその美しさを超える選手は出ていないといわれている。1987年ミスター日本でのゲストポーズはファンの間で伝説となっている。現在は三重県の「スドウ・ジム(SUDO’S GYM)」で多くの人を指導育成し、ボディビルの発展に日々尽力している。

取材・文:IRONMAN編集部

提供元・FITNESS LOVE

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