(5)ISSの面白い「宇宙実験」5選+おまけ
本章では、筆者セレクトで、ISSの宇宙実験で面白いと思ったものを5つとISSを利用した面白い事例を紹介します。
①宇宙の「おうち」はどうやってつくる?
<空間設計の観点から>
「空間の容積の大きさをどう感じるか」について、面白い実験があります。宇宙と地上では空間認識に違いが出ることが分かった実験で、地上では(当たり前ですが)ほぼ正確に空間の大きさが評価されたのに対して、宇宙では(相対的に)保管室が大きく、実験室が小さく評価されたそうです。引続き関連データを蓄積して研究することで、地上・宇宙のそれぞれでより快適に暮らすための新たな空間デザインの設計につなげることが期待されます。
<低重力の人体への影響の観点から>
世界初、ISSの日本実験棟「きぼう」で月の重力を模したマウスの長期飼育に成功しました。今後も地球の約6分の1の重力しかない月での生体の変化の解析が進むことに期待が高まります。
<生活リスクの観点から>
微小重力環境だけでなく、月面、火星といった重力が異なる宇宙居住環境においても利用できる固体材料燃焼モデルの構築を日本は積極的に行っています。
日本発の材料燃焼性評価法を確立する実験から検討しており、他の天体での重力による火災リスクを低減し、月や火星の有人宇宙探査プロジェクトへ貢献することが期待されています。
<おまけ:トイレの観点から>
NASAは2020年6月現在、微小重力と月面での重力環境の両方に耐えられる機能をもつトイレ案を募集しています。賞金総額は約375万円ですのでもし良いアイディアがあれば挑戦してみてください。
■ポイント
宇宙や地球以外の星に住めるかどうか、また、どのように暮らせるのか、快適に暮らすことができるのかは多くの人が興味を持っているポイントでしょう。2026年までにNASAは月の周回軌道に有人拠点Gatewayを国際協力かつ民間協力で設置しようとしています。
国際協力が求められる中、日本が宇宙での暮らしを実現するのにどのように貢献していくのか。誇りに思えることを一つでも増やしていけると良いですね。
②宇宙での食事をより良くするための実験
<さつまいもの宇宙農場>
カロリー源となる大きな根と同時に機能性野菜としての茎葉部も食用となるサツマイモは、宇宙での主な供試植物として着目されています。そのため、サツマイモを宇宙閉鎖空間で生産するために空気や水の浄化、物質循環を可能とする栽培実験装置の開発が現在進んでいます。
<宇宙を飛んだトマトの種!?>
宇宙に持ちこんだトマトの種は、走査電子顕微鏡を用いて地上のものと比較したところ、宇宙に持ち込んだトマトの表面に細穴が見られ、さらには表面の層が地上のものより薄いことがわかったそうです。
また、宇宙に持って行った種から育ったトマトはミネラルの割合は少ない一方で、炭水化物の割合が上昇。また、発芽率が下がっている一方で、成長はしやすいことが示唆されました。これにより、宇宙飛行した種は成長した後、通常とは異なった性質を持っていることがわかりました。
■ポイント
宇宙や他の星で長期滞在する場合、自給自足ができた方が良いことは容易に想像がつきますので重要な実験であることはいうまでもないですが、単純に身近な植物が宇宙でどうなるのかは気になります。さらに、種の状態の時期に宇宙に行っただけで成長後の状態が地上と違うとなると、宇宙でヒトの生命が誕生した場合も一部違ってくる可能性についても考えが膨らみ興味深いポイントです。
また、今までアジア4ヶ国(インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナム)の1,000人を超える学生が日本実験棟の「きぼう」から地上に戻った「宇宙の種」(トマトの種とはまた別ですが)を育てる貴重な機会が提供されるなど国際協力にもつながっている点も個人的に魅力的だと感じました。
③新素材ナノスケルトンって?
ナノスケルトンとは、社会に役立つ新しい素材として期待されて研究されている新材料です。光のエネルギーで汚れた空気や水を浄化する「光触媒」として活躍が期待されています。
微小重力下のISSでの実験と地上での再現実験を通して、地上でもこれからの社会に役立つ新素材を生成する手がかりを得ようとしています。
■ポイント
ナノスケルトンを生成できると、環境やエネルギー、医療、美容、宇宙開発など幅広い分野に活用することができます。このように、新素材の生成を行うための研究にも宇宙空間という特殊な環境が有用になるのです。
④宇宙でアンチエイジングのヒントを得る?
老化を加速している原因の一つとしてリンの過剰摂取が分かっています。また、ISS内の微小重力環境下では骨量が減少することは有名ですが、骨から血中へ流入するリンも老化を加速させるのでは?という仮説もあるようです。宇宙飛行士の血液・尿を宇宙に行く前、宇宙での滞在中、帰還後で比較し、リンの過剰摂取の状況と同じ状況が再現されるか確かめるという実験が行われています。
■ポイント
骨から流出するリンも、過剰摂取したリンと同様に老化を加速することが証明されれば、骨粗鬆症による骨量減少を防ぐことで、腎機能低下や非感染性慢性炎症などの老化の加速を軽減することができるかもしれません。これまで骨粗鬆症は老化の「結果」と考えられてきましたが、老化の「原因」にもなることが証明されれば、骨量減少を防ぐことでアンチエイジングできる、となれば興味を持つ方も多いのではないでしょうか。
⑤宇宙アートの1つ 生命と天体の誕生を表すような水球絵画

この写真は、生理食塩水で作った水球に海ほたるの発光物質や蛍光塗料を注入し、紫外線を照射して撮った写真だそうです。塗料と食塩水が水球の北極点と言える頂点を中心に、模様の渦を作り、ゆっくりと回転したそうですが、まるで木星の縞模様のようになっています。無重力の中で流体やガス状の物質が混入する過程を芸術として表現した実験となっています。
■ポイント
アートを通して宇宙から地球を見ているような体験を地上の人も感じ取ることができるのもとても素敵なことですが、流体力学の可視化を芸術として表現していることがとても興味深いです。自然はこのように曲線的であるということをあらためて実感できます。
また、この研究に関与した人は、未知数である無重力という環境に人間がおかれた場合に、水平線や地平線など、人間が物や世界を把握する基準がなくなり、地球上で作り上げてきたライフスタイルや世界観を見直すきっかけになる、とも話しています。
⑥民間企業と提携して低コストで宇宙空間暴露実験や衛星放出!
ISSは研究者からの依頼を受けて宇宙飛行士が実験を行うだけでなく、民間企業と提携したビジネスも行われています。ビジネスを行う場を提供するべく、ISSの外(暴露部)で実験を行うためのスペースの販売もしています。いわば、宇宙空間にある研究室の不動産賃貸ともいえ、興味深いビジネスです。
たとえば、Nanoracks(ナノラクス)社は、ISSの日本実験モジュールである「きぼう」の暴露部において、下記図のような、External Payload Platform (EPP)を使用した実験サービスの提供を行っています。
また、同社は衛星放出の商用エアロックも提供しようとしており、これまでISSで放出できた超小型人工衛星よりも大きいサイズの衛星もISSから宇宙空間に放出できるようなサービスを始めようとしています。
■ポイント
2024年に、ISSが民間企業主導で運用できるように、民間企業主体のビジネス事例が少しずつ出てきています。国内では、SpaceBD社と三井物産社がISSからの超小型衛星放出事業を手掛けています。