河井夫妻事件で異例の「買収罪」適用に踏み切った検察
ところが、検察は、2019年の参院選の広島選挙区に立候補し当選した河井元法相の妻案里氏に関して、選挙の3か月前頃からの、首長・県議・市議ら地元政治家への金銭供与の「買収罪」による摘発に踏み切った。当時、黒川弘務東京高検検事長の定年延長問題、検事総長人事等をめぐって、検察と安倍政権が対立していたことが背景になった可能性もある(【河井前法相“本格捜査”で、安倍政権「倒壊」か】)。
検察は、2020年6月、現職国会議員の河井夫妻を買収罪で逮捕したが、検察には、この事件で、乗り越えなければならない「壁」が2つあった。
第一に、買収者(供与者、お金を渡した者)の河井夫妻側も、被買収者(受供与者、お金を受け取った者)の地元政治家も、「河井案里氏が立候補する参議院選挙に関する金である」ことを否定し続ければ、買収罪の立証は容易ではないということだ。
第二に、河井夫妻の買収罪が立証できた場合には、その金を受領した被買収者側の処罰が問題になる。買収者と被買収者は「必要的共犯」の関係にあり、買収の犯罪が成立すれば、被買収者の犯罪も当然に成立する。従来の公選法違反の摘発・処罰の実務では、両者はセットで立件され、処罰されてきた。河井夫妻事件の被買収者の大半は公民権停止になり一定期間、選挙権・被選挙権を失うことになる。
河井夫妻事件の摘発については、上記の2つの問題があったが、それらを丸ごとクリアする方法として検察がとったのが、処罰の対象を河井夫妻に限定し、被買収者には処罰されないと期待させて「案里氏の選挙に関する金」であることを認めさせるという方法だった。
検察の取調べで、被買収者らは、明確に「不起訴の約束」まではされなくても、検察官の言葉によって、処罰されることはないだろうとの期待を抱き、「案里氏の参院選のための金と思った」と認める検察官調書に署名した。
河井夫妻の起訴状には被買収者の氏名がすべて記載されたが、100人全員について、刑事処分どころか、刑事立件すらされず、河井夫妻事件の捜査は終結した。これを受け、市民団体が、被買収者の公選法違反の告発状を提出したが、告発は受理すらされず、検察庁で「預かり」になったまま、河井夫妻の公判を迎えた。
公判で克行氏が供述した「地方政治家へのばら撒き」の実態
買収罪で逮捕・起訴された克行氏は、初公判では「起訴事実は買収には当たらない」として全面無罪を主張し、被買収者ほぼ全員の証人尋問が行われることになった。被買収者は「処罰されることはないだろうとの期待」を持ったまま証人尋問に臨み、ほとんどが、「案里氏の参院選のための金と思った」と証言した。
検察官立証が終了し、被告人質問の初回の公判で、克行氏は、罪状認否を変更し、首長・議員らへの現金供与も含め、殆どの起訴事実について、「事実を争わない」とした。その後の被告人質問では、「自民党の党勢拡大、地盤培養活動のための政治活動のための資金」を「案里氏に当選を得させるために配った」と詳細に供述した。案里氏に当選を得させる目的での金銭の授受であることを認めた上で、「国政選挙における国会議員候補者から地元政治家へのばら撒き」の実態について赤裸々に供述したのである。
この事件では、元法相で現職国会議員の克行氏自身が、案里氏の選挙のために多額の現金を県議・市議・首長等に配ったことで厳しい社会的批判を浴びたが、「克行氏自らが」「現金で」配らなければならなかった事情について、被告人質問で、克行氏は以下のように説明した。
一般的に、県連が、交付金として党勢拡大のためのお金を所属の県議・市議に振り込むが、県連からの交付金は溝手先生の党勢拡大にのみ使われ、県連が果たすべき役割を果たしていないので、やむを得ず、その役割を第3支部(克行支部長)、第7支部(案里支部長)で果たさないといけないと思い、県議・市議に、県連に代行して党勢拡大のためのお金を差し上げた(【第51回公判】)
要するに、「県連ルート」が使えなかったために、やむを得ず、「克行→県議・市議」というルートで、参院選に向けての「党勢拡大のための金」を直接配った、というのである。それは、方法は異なっても、「国政選挙における国会議員候補者から地元政治家へのばら撒き」が従来から恒常化していたことを意味するものであった。