昨今なにかと話題にのぼることの多い「保育園」。日本に幾多とある保育園の中でも、乳幼児期における「保育の質」を追究し、子どもを主体とした「まちぐるみの保育」で教育業界でもひときわ熱い注目を浴びているのが「まちの保育園」です。

かねてから温めていた保育園構想の夢を、ゼロベースから立ち上げて実現させ、その揺るぎない信念と実行力で保育・教育業界に新たな風を吹き込んでいるのが、ナチュラルスマイルジャパン株式会社・代表取締役の松本理寿輝さん。「一億総活躍国民会議」のメンバーでもあり、常に新しいチャレンジに挑み続ける松本さんに、保育園設立のお話から、これからの社会や子ども達に必要な大切なものを伺ってきました。
 

松本 理寿輝(まつもと りずき)

ナチュラルスマイルジャパン株式会社 代表取締役
1980年東京都生まれ。2003年博報堂に入社。不動産ベンチャーを経て、かねてから温めていた保育の構想の実現のため、2010年にナチュラルスマイルジャパン株式会社を設立。

保育と教育は、“終わりのないマラソン”!

ーーここ「まちの保育園 小竹向原」は、松本さんが抱いていた保育園構想の夢を実現させた、記念すべき第1号園ですね。その道のりと、特に大変だった部分を聞かせていただけますか?

松本 理寿輝(以下、松本): 2009年に完全に独立して起業したのですが、まず「幼児教育・保育は全ての子ども達に届けられるようにしていきたい」という想いがありました。つまり、限られた人だけを対象とした学校・園にはしたくなかったんです。

その観点からも「認可保育園」か東京都の独自の制度である「認証保育園(東京都認証保育所)」を目指しました。しかしながら「認可」「認証」というのは、国や東京都の補助金が注がれる場所なので、参入障壁が非常に高い。そこのハードルをどう突破するかが、開園までは一番大変だったと思います。

ーー特に「認可保育園」への新規参入は、非常にハードルが高いですよね…。

松本: そうなんです、色々と調査すると「認可」はほぼ無理だということが分かってきました。色々な自治体に「新しい法人です」と伝えると、「認可保育園の運営実績が必要です」と大半は門前払いだったんです。そこで、東京都がやっている「認証」が、「認可」よりは要件が緩和されていると聞き、そちらに移行しようと思ったのですが、基本的にはどの自治体もまた、これまでの保育園の運営経験が必要で…。

ただ、そんな中で練馬区だけが「新しい法人でも、応募ができないわけではない」と言ってくれて。そこで公募に応募しました。狭き門をどうやって突破するかは、かなり限られたチャレンジでしたが、何度もヒヤリングを重ねたり、色々な保育園経験者・経営者に話を聞いていきました。

するとどうやら「土地の確保」「職員の確保」「資金」「経営者の経験」が揃うと可能性があるかもしれないと。お金は全く持っていなかったのですが、元々ベンチャーをやっていたので、資金調達のノウハウを知っていたのは役立ちました。もちろん自分でも溜めないといけないので、妻と相談して狭い1ルームのアパートで生活したり、仕事も当時は何でもやりました(笑)がむしゃらに働き、とにかく多くの方に支えて頂いて、なんとか資金調達ができました。

また「経営者の経験」という部分では、それまでの間に、ある保育園経営者の方に付いて、経営を実際に学ばせてもらっていたんです。「土地の確保」についても、ここの「小竹向原園」の地主さんがとてもいい方で。職員もなんとか足で稼いで確保できた状態でした。最終的に公募で選んでいただいて…そこから本格的に始まりましたね!

ただ自分の中では、この認定までの道のりがものすごく大変だったと思っていたのですが、その後に開園してからの方がもっと大変ということを知るわけですね(笑)

保育や教育というのは、“終わりのないマラソン”なんです。本当にずーっと走り続けないといけない。

経営指標も、いわゆる数値化できる目標ではなかなか定まりにくい、つまりは「文化創造」。その中で、100年続くような子どものために価値創造し続ける法人でありたいという事をみんなで語り合いながら、常に子どもの最善の利益や保護者の方々との関係、コミュニティの充実・豊かさを追求してやっている法人であると。非常に難しいんですけどね(笑)

ーー経営者として、充実しながらも大変な日々ですね…。例えば何か大事な局面の時、決める際に自分の中で軸にされていることはありますか?

松本: ものすごく戦略的に考えているんでしょ、って言って頂くこともあるんですけど、結局“直感”です!

ただ、大きな決断の時は必ず行っているプロセスがあって、自分の中に「自分株主総会」というのがあるんです。7人の自分の株主がいて、それぞれ全然タイプの違う人達なのですが、自分が何か決断しようとした時に、その人がどう言うか、どう思うかという風に判断する。その7人は内緒なんですけど、妻が一人いるってことだけは言っておきます(笑)

あともう一つやっているプロセスとしては、「10年前の自分」と「10年後の自分」と「今の自分」が、今の自分を見てどう判断するか。10年前の自分が、例えば今の自分を見てどう思うか。「えーそんな感じになってるの?やばいな」みたいに思うか、或いは10年後の自分が「お前さ、まだ若いんだから何そんな真面目になっちゃってるの。そんな人生つまらないよ」とか(笑)その3人が面白いと思うか、納得できるかという部分は大事にしていますね。
 

子ども達や先生にとって大切なこととは?

ーーまちの保育園について教えてください。まちの保育園ではレッジョ・エミリアアプローチ(*1)を実践されていますよね。

(*1)子ども一人ひとりの感性や意思、個性を尊重し、それらを伸ばしていく教育法。イタリア北部のまちの名前がそのまま名前になっている。

松本: よくレッジョ・エミリアアプローチの園として興味を持っていただくのですが、実際には少し違うんです。レッジョ・エミリアアプローチは、コミュニティが大切にされるため、そのコミュニティの意志や価値観が保育に反映されます。そのため、国民性や文化が異なれば、保育内容は変わってくるからです。

私たちは、”イタリアのレッジョ教育”をやるのではなく、”まちの保育園の保育”を実践しています。しかし、保育においてコミュニティの力を信じているという意味では、レッジョ教育と共通の理念を持っていると言うこともできます。その上で「子ども達にとって今どんなことが大切で、そのために私達はどう行動していくかを対話しよう」ということを考えるわけです。子どもたちの想いを受け止めてあげるということはとても大切ですが、その中で“ウェブの関係”と言って、先生との関係だけではなく子ども同士が関係を築き合う、秩序やルールを伝え合う関係・コミュニティをいかに作るかというのが、とても大事だと考えています。

そういった自分の「心の基地」ができている状態で何かに向き合い続けることができることは、学びの環境においてとても大事だと感じます。

ーーなるほど。先生方にはどういったことを伝えているのですか?

松本: 僕達の専門性というのは何なのかというと、やっぱり“学びの専門家”なんです。自分達自身が色々なことを学び、深めていないといけない所もある。もっと言えば、昔は人格者としての教育者が求められました。

今もまぁ人格者ではありたいですが、それよりも自分らしく一生懸命生きている、自分なりに自己充実をしている一人のモデルであろうと。子どもにとってもね。

そのためにはワークライフバランスも含めて、先生達が豊かに楽しくいられたり、園の制度によって専門的な学びを高められたり、一方ではお休みをちゃんと保証したり、当たり前ですけど育休産休や、そういったことを積極的に推奨していますね。それはすべて、保育にも還ってくると思うんです。

また、今やリーダーシップ論も、いわゆる階層型ヒエラルキーのリーダーシップから、協調型のリーダーシップに変わってきていますよね。それこそみんなが主体的になって考え、園長先生に提案できるような「対話的な組織」がすごく大事だと考えています。そこで一人一人がちゃんと育っているか、健全に働けているかとかを園長先生が目配しながら、みんながやりたいようにやってみたらいい、それ面白いんじゃないという風に勇気づけていく。
 

▲子どもの描いた絵が園内の装飾になっている

これから大切になってくるのは「国民みんなの意識」

ーー日本ではまだ保育士さんの待遇があまりよくないというのは、松本さんも声を上げられている部分だと思います。今の日本の現状はどう思われますか?

松本: そうですね、実際の今の状態を見ると決していいとは言えないことも沢山ありますが、今の方向・ベクトルとしては、いい方向に進んでいると信じていて、まさにチャンスだと思っています。確かに見てみると、OECD(経済協力開発機構)の加盟国の中で、幼児保育に充てられている予算が日本は著しく低いんです。

ーーそんな中で、来年度から国の予算も子ども達に大きく向けられますね。

松本: 本当に歴史的なことだと思います。「子ども」に対して約2兆円を動かした。幼児教育が無償化され、保育園も状況によっては無償化されていくことになった。こうして制度や政策を決めて、補助金・予算もつき、それくらい子ども達の環境や子育て世帯に対し、しっかり充実させた環境を提供していこうという国の意思があるということ。こういった向きとしては、非常にいいと思います。

ーーその中で、今後大切になってくるものとは?

松本: まずは子どもにとって何が大事なのか、そのためにどんな実践をしていくべきか、保護者の方々とどう関係構築をしてコミュニティを作っていくかという、この国全体の国民的な対話がもっと必要。さらには「国民みんなの意識」だと思います。そこで「幼児教育や保育がとても大事なものだ」という意識を一つに束ねていくのが、それぞれの地域にある幼稚園や保育園になるべきだと思っているんです。

保護者の皆さんや社会一般の方々にとって、どういう姿が子ども達にとって望ましい姿なのか、どんな教育・保育環境が大事なのか。それを各地域での幼稚園や保育園、それに携わる自治体のセクションが、分かりやすくしっかりと発信していくことが大事だと考えています。

ーー保育や教育は、社会と密接に繋がっていてとても深いですね。

松本: 保育や教育は、他の産業とは「きょうそう」という漢字が違って、共に創る「クリエイションの共創」。

子どもにとって重要な“気づき”があった時に隠しておくというのはおかしな話で、それはどんどん社会にシェアしていき、共に学び高め合っていくのが、教育や保育に携わる者の大切にすべき精神だと思います。

色々な所と連携をしながら、自分達の“気づき”をどんどんオープンにして学び合っていく関係を築き、教育の機運を高めていく。そんな「共創ネットワーク」を、いかに描いていくかが大事であると思っています。
 

キーワードは「創造性と共同性」

ーー子ども達が大人になる頃には、3人に2人が現在は存在しない職に就くだろうと提言している学者もいます。これからの子ども達に、必要な“チカラ”とは?

松本: この能力だけすごく伸ばせばいいということではないのですが、やっぱり「創造性」だと思うんです。創造力・クリエイティビティーというのは、これからの時代に於いて、僕達が大事だと信じているところです。

それは具体的に物を作ることもあれば、いわゆる価値創造みたいな、何かこの場に楽しさを加えるとか、そういう様なことを自分で考えて作っていける人が大事だと思っていて。それを育んでいくのに実は「乳幼児期」というのがすごく大事だと言われていて、根拠も色々と揃ってきているんですよね。

この乳幼児期に育まれる「創造力・創造性」は、まさにこれからの社会作りや、周りの仲間達との関係を豊かにしていくにもとても大事だと思いますし、自分自身を幸せに生きるという意味でも、自分を豊かにするものだと思います。

ーー社会や自分を豊かにする「創造性」は、まさに大人も身につけたい“チカラ”です!伸ばしていくために、心がけることはありますか?

松本: 一つは「答え」を与えるのではなくて「問い」を与えることだと思います。いい「問い」があると人は考えたくなるし、面白いと思ってずっと探究し続ける。それに対して、ヒントになりそうな他の人の意見も受け入れやすくなってくる。ただその問いも、「色んな答えがあり得る問い」というのがポイントですね! 

また「創造性」の他にもう一つあるとしたら、「共同性」ですね。共に誰かと何かを取り組むことに、ポジティブであること。「創造性」というのは、一人で高めるよりも誰かと高める方がインスピレーションが沢山得られて高まりやすい。まさに「創造性と共同性」は、とても大事にしていきたい視点です。ただその2つは、子ども達は既に100持っていると思っています。なので、その100のまま、どう育ててあげるかというのが大事なのではないでしょうか。

ーーまさに、どう育てるのがポイントでしょうか?

松本: もちろん、正解、不正解のあるものではないのですが、「ないものを与えるのではなく、あるものに価値を与えていく」というのが、大事な視点だと思っています。子ども達の興味関心というのは、心が安定していればいくらでも出てくるので、そこに対して大人が肯定し、価値を与えていくというのが必要かと。

ないものを提供しても「自己肯定感」というのは高まらない。あるものが承認されたり価値を与えられたりして、初めて高められていくんです。

すごいね素敵だねって子どもに寄り添っていくことで、子ども達はどんどん発想していくので、時には知識を提供してより遊びが深まるようにはしつつ、基本的には見守って寄り添っていきたいと考えています。

ーーそうすると、今の子ども達が大人になった時、どんな時代になっても適応できるような力が身についていく?

松本: まさに「創造性と共同性」は、そこから身についていくと信じています。

 

文・富塚沙羅/提供元・Fledge

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