印章、印影、判子など、いろんな名で呼ばれる「印鑑」。われわれの生活にすっかり根付いている身分証明の方法のひとつとなっている。

役所への届けから不動産の売買契約、アパートの賃貸契約、銀行の口座開設など、生活のさまざまな場面で、印鑑は不必要可欠。宅配便で荷物を受け取った証明のためにも使われるなど、最も典型的な認証方法の一つでもある。日本人の生活に密着したこの「印鑑文化」が今、変わるかもしれない。

りそな銀が「印鑑」手続きを撤廃へ

その変化の兆しは一見、意外なところに現れた。銀行だ。りそなホールディングス <8308> の、りそな銀行が2016年5月19日、3年後をめどに、主要な業務での印鑑の利用を原則的に撤廃すると公表。具体的には担保設定などで行政手続上必要な場合を除き、口座開設、預金者の住所変更、住宅ローン契約などの手続きで、印鑑を押す必要がなくなるという。

印鑑の代わりには、ICチップ付きのキャッシュカードや指の静脈を利用した個人の認証を行い、電子的なサインも併せて活用する予定だという。

例えば、口座開設には専用のタブレットに名前、住所などの情報を入力。そのデータはすぐさま登録され、キャッシュカードもすぐに受け取れる仕組みとなっている。口座開設に必要なのは、パスポートや運転免許証などだけとなる見通しだ。

さらに、読み取り機にカードを挿入したまま2本の指の静脈を登録すれば、口座開設は完了となり、従来の銀行窓口で口座開設のための書類を作成、押印し、キャッシュカードの発行には約1週間ほどかかったことを踏まえれば、利便性も向上すると言えそうだ。

りそな銀の取り組みで変わるか? 日本の「印鑑」文化

世界を見渡せば、日本は、いいにつけ悪いにつけ、屈指の印鑑文化を維持・発展させてきた珍しい国。日本ほど印鑑が利用されている国はないと言われるほどだ。

実際に、区役所などの公共機関や、企業でも電子契約書や請求書をかたくなに認めず、押印された書類を求める向きもまだある。印鑑文化がそれだけ根付いているともいえるだろう。役所や銀行の窓口での手続きの時に、利用者が印鑑を忘れてしまい、慌てて近くの100円ショップへ三文判を買いに走ったという失敗談を耳にすることもあるほどだ。

一般にはそれだけ「印鑑こそ認証のあかし」と信じ、印鑑を重要視する人がいるようだ。長年にわたって培われた文化的規範は、簡単には変化しないのかもしれない。

ただ、「印鑑さえあればいいのか」という疑問も当然出てくる。「100円で買える身元証明とは何か」、大きな疑問だと言えるだろう。もしもそんな「印鑑」手続きが姿を消せば、商習慣がきく変わると言っていい。

印鑑活用の撤廃をすでに打ち出しているりそな銀行では、業務において、格段の効率化を実現してしまうかもしれない。押印されたいくつもの書類をやり取りする手間がなくなるのはもちろんのこと、従来銀行に設置されていた「印鑑読み取りシステム」が不要になれば、かかっていたコストを削減できるかもしれないのだ。

また企業間取引でも、捺印していない書類での請求も広く受け入れられ、電子契約書の活用がより一般的になれば、大幅な効率化が実現すると可能性もありそうだ。

印鑑の重要性の核心は法的効力?

印鑑がこれだけ重要視されてきた事情も見ておこう。もともと印鑑は紀元前5500年頃、古代メソポタミア文明に誕生したと言われている。中東地域から地中海沿岸のギリシャ、ローマを経てヨーロッパに広がり、アジアでは古代中国を経て日本に伝わったとされている。

最も象徴的なのは、日本最古の印鑑といわれる「漢委奴国王印」の金印だろう。社会科の教科書にも登場する、その金印を筆頭に、701年の大宝律令の制定時に官印が導入され、公文書の証明に利用されていたという。現代の日本でも官公庁や民間のビジネスでの書類作成や組織内での稟議書の承認に使われるなど、印鑑は大活躍中だともいえる。

また印鑑が重視される背景には、制度的な裏付けもありそうだ。法的根拠として、民事訴訟法は第228条4項でも「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する」と定めていることから、真正な契約だと証明する効果が重視されている事情もありそうだ。さらに、「有印私文書偽造」や「有印公文書偽造」は犯罪とされている。

言い換えれば、実際の裁判では押印は契約の有無、義務や責任の有無を示す重要な証拠とされており、判例でも印影(印鑑の印)が本人の印章(印鑑)による場合は本人の意思に基づいたものであり、契約の締結も本人の意思に基づくと推定されるため、印鑑には重要な地位が認められていると言えそうだ。

他方で、ビジネスの現場では口約束やサインでも契約は成立する。口約束でも契約の法的拘束力を認めた判例が存在するだけでなく、電子印鑑の普及を後押しする動きもあり、従来の印鑑だけが絶対的な法的効力を持つわけではない。

「由緒正しい」ともいえる日本の印鑑文化は、りそな銀行の取り組みをきっかけに変わっていくのだろうか。今後の趨勢を慎重に見守るのも、おもしろそうだ。

文・ZUU online編集部

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