ちょっと前までの医療
科学的根拠に基づいて安全な医療が行われるようになったのは、実はわりと最近のことです。
ほんの数百年前まで医療の主役は瀉血(しゃけつ)でした。
瀉血というのは、リストカットして悪い血を抜き取るという治療法で、これであらゆる病気が改善すると本気で信じられていました。
中性ヨーロッパ時代、この医療を行うのは修道士でしたが、血なまぐさい処置を修道士が行うことを教皇が禁じたため、後の時代では床屋が担うようになります。
理髪店の赤青白の縞模様がくるくる回転する看板は、青が静脈、赤が動脈、白が包帯を表していて 昔床屋が外科医療を行っていた名残だという話を聞いたことがある人は多いと思いますが、その外科医療というのが瀉血でした。
床屋がどうやって外科医療をするんだ? と疑問に思う人も多いでしょう。実は床屋は、カミソリでひげを剃るついでに、体調の良くない人の手首を切って悪い血を抜いてあげていたわけです。
瀉血は現代人にとっては冗談みたいな医療ですが、この治療方法は当時、大きな病院や大学でも当たり前に教えられている立派な医療行為でした。
例えばアメリカの初代大統領ジョージ・ワシントンは、晩年風邪で体調を崩した際、主治医に瀉血を行ってもらい、1日で身体の半分の血液を失いました。彼の死因は、瀉血のやりすぎによる失血死だったのです。
当時の医師たちが、患者の命を危険に晒すだけのこんな馬鹿馬鹿しい医療行為を信じ切っていたのは、その治療が本当に効果的かどうか、判断する方法を持っていなかったためです。
つまり、このときはまだ医学は「科学的」ではなかったのです。