半導体を巡り、日本でいま新たな議論が起き始めた。海外の半導体企業が日本で建設する工場に、日本政府が資金を拠出しようとしているからだ。半導体業界における日本企業の存在感が低下する中、なぜ日本政府はこうした動きに出ているのか。その背景を探っていこう。
岸田文雄政権が掲げた新たな経済政策
岸田文雄政権は2021年11月19日、「コロナ克服・新時代開拓のための経済対策」を発表した。この経済対策における「未来を切り拓く『新しい資本主義』の起動」という章で、半導体に関して、次の2つの取り組みに言及している。
1点目は、先端半導体の生産拠点の国内立地を促進するための基金の造成だ。2点目は、汎用半導体を生産する工場の改修・増強などに向けた補助金の新設だ。この2点の両方に関し、いま日本国内で議論が起きている。
どうして議論が起きているのか?論点は?
1点目に関しては、日本政府は半導体業界で世界最大級の企業である台湾のTSMC(台湾積体電路製造)の日本工場に、資金を拠出しようとしているからだ。2点目に関しては、米半導体メモリー大手のマイクロン・テクノロジーなどの工場増設を支援しようとしているからだ。
ただでさえ日本の半導体業界の存在感が国際市場で低下する中、海外企業を支援する必要があるのか、といった声がある。また、支援規模は6,000億円に上りそうで、特定業種に対してこれだけ多くの資金を投じることにも、疑問を投げかける専門家は少なくない。
また日本政府はこれまで、半導体企業を強力に支援する中国政府を批判してきた経緯があるが、それと似たことをしようとしていると指摘する声もある。そしてこうした特定業種の海外企業を優遇する動きが、日本が掲げている「自由貿易」というトーンと相反すると批判する有識者もいる。
岸田政権の念頭にあるのは半導体の供給不足という課題
岸田政権も当然、こうした批判の声が起きることは一定程度想定していたと思われる。そうであってもTSMCの日本工場の建設やマイクロン・テクノロジーの工場増設を支援しようとしているのは、最近の半導体業界が抱えている問題点が念頭にあるからだ。
いま半導体業界では未曾有の半導体不足が起きており、さまざまな業種に悪影響を与えている。半導体が足りないことで、自動車や産業機器、家電製品などの生産に遅れが生じているのだ。多くの企業が減産を余儀なくされ、業績にもダメージが出ている。
半導体不足の原因は複合的だが、主な原因の1つとしては、世界的に起きたコロナ禍でパソコンやテレビなどの需要が増え、製造各社が必要とする半導体の量が増えたことがある。
供給体制のひっ迫も要因として挙げられる。老朽化した工場で半導体を生産している企業は少なくなく、増える需要に対してすぐ増産対応ができなかった。また、アメリカ政府が中国の半導体企業に対して禁輸制裁を行ったことなども、半導体の供給面に悪影響を与えた。
先端半導体はどの企業でも生産できるわけではない
自動車産業や家電産業は日本の基幹産業だ。その基幹産業に影響を与える半導体不足を何とか解消しようと、岸田政権は動いたわけだ。日本国内において半導体の製造工場が増え、生産体制も増強されれば、半導体の供給体制はこれまでより強化される。
それなら「日本の半導体企業を支援した方が良いのでは」という声が上がってきそうだが、話はそう簡単ではない。
特に先端半導体の生産では高い技術が必要とされ、車載向けや家電向けでは必要な設備も異なるため、半導体不足が起きているからといって、どんな企業でも簡単に生産を開始したり生産体制を増強できたりできるわけではないからだ。
日本政府が半導体の安定供給に向けて海外の半導体企業を支援せざるを得ないのには、上記のような事情もあるわけだ。
岸田政権の今回の打ち手は、将来どう評価されるか
かつては日本の半導体企業たち、世界で大きなシェアを誇っていた。平成元年の1989年ごろは、世界における生産シェアは50%強だった。しかし、日本の半導体産業は衰退していき、欧米企業や中国企業にシェアを奪われていった。
最近では、画像処理半導体や車載向け半導体に強みを持つ米NVIDIAが、半導体企業として初めて時価総額1兆ドル(約115兆円)に到達しようとしている。日本の半導体産業がかつての勢いを保っていれば、初の時価総額1兆ドルは日本企業となったかもしれない。
こうした日本の半導体産業の衰退の歴史があるからこそ、日本の多くの専門家や有識者が今回の岸田政権の動きにアレルギー的な反応をしたのではないだろうか。
岸田政権の今回の打ち手が結果として、日本市場にプラスとなるのかマイナスとなるのかは、10年後、20年後になってみないと分からないが、まずはTSMCやマイクロン・テクノロジーに対する支援が実際に行われるのかどうか、注目しておきたいところだ。
国内・海外の有名メディアでのジャーナリスト経験を経て、現在は国内外の政治・経済・社会などさまざまなジャンルで多数の解説記事やコラムを執筆。金融専門メディアへの寄稿やニュースメディアのコンサルティングも手掛ける。
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