アリババ創業者で董事局主席(会長)のジャック・マー(馬雲)が引退を表明したが、中国では、慈善事業や教育など新たなステージで再び中国を代表する活躍をみせてくれるという期待が高い。もともと他人に対して無関心な中国人が、ここまでの人気の高さは異例で、カリスマ性というだけでは表現できない何かがある。並みの経営者とは、どこが違うのだろうか。ビジネスパーソンとして参考になる彼の資質や業績を振り返ってみよう(文中敬称略)。
社内教育制度が充実しているのは元教師だったから?
杭州師範大学を卒業した馬雲は1988年、杭州電子工業学院の英語及び国際貿易の教師となった元英語教師。在任中に翻訳の海博翻訳社を、また中国初のインターネット商業情報サイト、中国黄頁(イエローページ)を立ち上げている。
今回、馬雲が引退を表明したの、2018年9月10日の「教師節」である。アリババ会長を辞した後は、公益、教育、中小企業の援助、若者と女性の問題に注力していきたいと述べている。
中国企業の大半は、高成長を続けるため、即戦力人材の囲い込みばかり図った。人を育てる視点を欠いていた。そうした中、アリババは社内教育に力を入れた。
管理職層を初級、中級、高級に3分し、それぞれの教育体制を整えた。最も消耗の激しい中級管理職を企業の足腰にたとえ「腰部」管理者と呼んで重視し、彼らのためにさまざまな教育コースを準備した。
人材育成に注力したのは、元教師の本能だろう。アリババは「地位は利用すべきもの」という中国的な組織風土に染まらなかった。創業者の教師目線は、極めて有効に働いた。
他の中国人経営者と異なり長期的視点を持っていた
中国人経営者の多くは、目先の売上と利益にこだわり、長期的展望を欠く。実業の採算が悪化すると、すぐに金融または不動産へ触手を伸ばす。家業意識が強く、ゴーイングコンサーン(企業は継続していくという前提)という考えはあまりない。
馬雲は違った。中国を新しいデジタルチャイナに作り変えるという長期目標があった。彼の活動期は、創業から2009年までの前期と、2009年以降の後期に分かれる。前期は中国に進出したeBayとの闘いと、ネット通販システム(支付宝/Alipay)の整備に費やした。2009年11月11日に、初の独身の日セール(双11)を仕掛けて以降は、大爆発の時期に入る。
2009年売上5000万元だった双11の売上は、2017年には1682億元、3364倍へと天文学的な拡大を遂げた。これを支えたのは、馬雲が矢継ぎ早に行った制度設計だった。豊かな発想、類まれなカンの良さで、正確に時代の先を見通し、先手を打った。
あらゆる場合を想定し、常にアイデアを蓄え、しかも単なる思い付きではなかった。いずれも中長期を見通した施策だった。ビジネスにおいて、必ずしもオリジナルである必要はないが、豊富なアイデア量をあたためておくことは必須である。その有用性を証明したといってよいだろう。
だが伝統的中国人でもある
これらは他の中国人経営者たちが、あまりもっていない視点であった。しかし、その一方で馬雲のアイデンティティは、完全な中国人である。
馬雲は人に強く、会う人をことごとく魅了した。しかし、中国で重視される見た目の良さには、恵まれていない。頭でっかちの小男で、美男子には程遠い。馬雲はこれを逆手にとった。英語のうまい愛嬌ある小男という、愛される個性作りに成功したのである。
一度顔を合わせたら忘れられない風ぼう、話は情熱的で、ビジョンには事欠かない。これにソフトバンクの孫正義社長も魅了された。初顔合わせで4000万ドルの投資を申し出た。
また浙江省の習近平・党委書記(在任2002~2007年)とも緊密な関係を作り上げた。そのため彼には、政治的企業家“馬省長”というあだ名もある。しかし愛すべき個性が力となって“政商”イメージには染まらなかった。人脈を作り上げ、最大限に駆使していく姿は、疲れを知らないタフな中国人そのものである。
彼は、中国人実業家には珍しい、人を育てる教師の視点と、中長期的な視点をもっていた。その一方、典型的な中国人としての安心感も周囲に与えていたのである。
世界を相手にする日本人ビジネスパーソンにも十分転用できるはずだ。“日本人離れ”した視点を持つ一方で、伝統的なイメージの日本人が醸し出す安心感との両立を目指せばよいのである。
文・高野悠介(中国貿易コンサルタント)
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