中国の労働市場はダイナミックで、非常に高い流動性を持っている。企業の盛衰は非常に激しく、外資は進出と撤退、国内勢は起業と失敗を繰り返す。一方では安定雇用を誇る国有企業の一群がある。このギャップもまた激しい。

新卒採用に関する統一ルールはなく、みな手探りだ。そして外資も国内勢も即戦力ばかり欲している。こうした中、実際に各企業は、どのようにして人材を確保しているのだろうか。

人気の日系企業

中国に進出した日系企業がホワイトカラーを雇う場合を考えてみよう。ふつう3ヵ月の試用期間を設定し、気に入らなければ本契約しない、というパターンを採る。そして実際の契約は人材派遣会社と交わし、派遣を受ける形が多い。

日系企業の人気は高く、ホワイト、ブルーを問わず、応募者は引きも切らない。秘密は待遇のよさにある。特に“法令遵守”には定評がある。有給休暇や産休はしっかり取れる。さらに「五金一険」と称される法定の社会保険(失業保険、生育保険、養老保険、医療保険、工傷保険、住宅積立金)をしっかり支払う。

これは当たり前のことではない。中国では、いつやめるかわからない従業員に保険など払えるものか、と考える中小企業経営者は多い。従業員側でも、将来の保険より現在が大事と、賃金への上乗せを望む。両者の間で微妙な合意が成立しているのだ。特に地方の工場ではこの傾向が強い。長く勤め、しっかりした社会保険を望むなら、日系企業は何より安心のブランドなのだ。

また撤退や廃業に伴う割増退職金も、法定以上に支払うと評判は高い。労使交渉も真摯に対応する。夜逃げが常態の某国系企業とは天と地の違いである。これも優秀な従業員の集まる理由だ。

契約更改交渉の現場

給与はどう決まるのだろうか。日本の役所や大企業と違い、俸給表は完備していない。基準を整えすぎると、人材は集まらず、かえって不正行為のリスクが増す。優秀な人材へ、特別待遇の余地を残しておきたい。ともかく個別の契約改定交渉を、毎年繰り返す。これはプロ野球選手の契約更改に近い。

更改には日本人所長や総経理(社長)などトップ自ら乗り出す。最も大切な年中行事の一つである。10人程度の中小商社や貿易事務所なら全員、中規模以上の工場なら、対象は管理職など幹部社員に絞られるだろう。

更改の準備は万全にして臨む。法定最低賃金の上昇率を参照する。日系他社の賃上げ情報を収集する。どうしてもやめられては困る社員と、そうでない社員は選別しておく。前者には好条件を提示する。当人も、かけがえのない存在としての誇りと自覚を持っていて、あまり金額でもめることはない。問題はそれ以外の代替可能な社員たちである。

このクラスは激しい交渉になりやすい。人生は交渉の連続と考える中国人は、早めに交渉を成立させスッキリしたい、という感覚はない。交渉の場で手練手管を尽くすのは当然だ。見せ場と思っているフシさえある。女性なら号泣する、甘えるなど、激しく感情に訴えることを厭わない。

しかし時間はかかっても、他にここよりよい職場はありますか?と納得させれば、たいていは丸く収まる。使用者側が、こうしたプロセスに耐えられるかどうかにかかっている。

ポイントは感情的にならないことだ。かけひきも譲歩もしない。演技や、落としどころをさぐるような動きはタブーである。主張を最後まで貫く信念の人でなければならない。それこそ信頼を醸成するベースとなる。安易な妥協をすれば、与しやすい人と見做され、後々まで軽んじられる。

プロフェッショナルとは何か?

日本本社の幹部が訪中し、中国人幹部社員を交えて会食、というケースは頻繁にある。中国人たちは「ウチは本当にいい会社ですねえ。」と持ち上げる。露骨なリップサービスに見える。もちろん、契約更改で揉めたことはおくびにも出さない。実際に禍根は残っていないのだ。逆に日本人側に、しこりが残りやすい。中国人の激しい主張は、パフォーマンスにすぎない。ここはしっかり押さえておくべきである。

つまりプロ野球のようなプロ同士のドライな関係を構築するのである。こうした更改を経験した日本人はきっと、ウエットな日本的雇用慣行に思いを馳せることになるだろう。

「日本は会社のブランドを重視するあまり、実はプロ意識を欠いているのではないだろうか?」などの疑問である。余裕のある大企業なら、人事部や総務部の人間を中国へ駐在させるとよいだろう。コストに見合う貴重な経験を持ち帰ることができるはずだ。

文・高野悠介(中国貿易コンサルタント)
 

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