中国人はタフ・ネゴシエーターである。国際政治やビジネスのシーンはもとより、個人間の交渉においても、それは変わらない。「和を以て貴しとなす」日本人の目には、日常会話すらケンカのように見える。表現力に長け、激しい交渉を厭わない。また交渉成立は一時的な休戦に過ぎず、すきあらば成果の上乗せを狙う。どこまでも貪欲な人々である。
こうした中国的タフネスは、どのように身に付けるのだろうか。やはりカギは、教育にありそうだ。その舞台は学校ではなく、家庭と考えるのが普通だろう。それでは中国の家庭教育の現場とは、どのようなものだろうか。
一族による“世渡り”教育
筆者は出張ベースの貿易ビジネスからはじまり、中国駐在員へ、そして中国人女性と結婚へと、どんどん中国へ深入りしていった。子供はいないが、妻の弟2人の子育てを間近に見てきた。子育てエピソードには事欠かない。以下、それらの面白さに惑わされることなく、中国の家庭教育に迫ってみたい。
一番の特徴は、一族による手厚いサポート体制にある。筆者の妻は一人っ子政策(1979~2015年)以前の生まれで、姉と弟2人の4人兄弟である。姉の子(男)はすでに成人しているが、弟2人には、小中学生の子供が3人(男2人、女1人)いる。つまり子供たちには、6人のおじおばがいる計算だ。彼らが非常に優れた導き手なのである。
一族の絆は固い。年間最大のイベント春節期間には少なくとも3~4回は顔を合わせる。さらに清明節、労働節、端午節、中秋節、国慶節、誰かの誕生日など、平均すれば月に1~2回以上、食事を共にする。これらが貴重な社会教育の場になる。
こうした機会に一族は「Why? Because」の連続で子供たちをビシビシ鍛える。質問は「このおばさんとあのおばさんでは、どちらが美人か?」「お父さんとお母さん、どちらが好きか?」「おじさんの作った料理は美味しいか、不味いか?」「おばさんの買ったソファーは、成功それとも失敗?」などの難問ぞろいだ。
これらの難問を、よちよち歩きのうちからたたみかけられる。答えに窮せば叱られ、答えの内容次第ではまた叱られる。よい答えでも、しっかりした理由の説明が必要だ。それに失敗すれば「Why? Because」は延々と続く。うまく切り抜けるにはどうすればよいか。いやでも脳細胞は活性化し、表現力は磨かれる。
このように、幼いころから自然に“世渡り”を学ぶ。そして、自己主張と交渉力という中国人必携のスキルを身につけていく。主張の正当性は後付けで構わない。他人の思惑を忖度する必要もない。まず一対一の場面における表現力を身につけるのが優先だ。
そして中国の子供たちは小学生になると、両親または祖父母に付き添われて登校するようになる。単独では誘拐される危険がある。そのことにより一族以外に頼るものはないという、もう一つの中国の決まりを刷り込まれていく。
小学5年生になる甥のスケジュールは、ビジネスマン以上に過酷である。平日に塾またはお稽古事が入っていないのは木曜日のみ。週末は、午前、午後、夜とみっちり入っている。たまに日曜の午前中が空くのみである。常に両親の運転する車で移動する。彼らも実際には、疲労困憊している。これは過保護の極みに見えないこともない。
甥本人はときに疲れたような表情をみせるものの、両親に対しては忠実で、ここでは中国的忍耐力を学んでいるようにも思える。
新人類90后の台頭
このようにして中国人の精神的骨格は作られていく。当然中国人には、引きこもりなどとは全く無縁の逞しさがあった。
しかし36年続いた一人っ子政策により、一族による教育力は、次第に弱体化しつつある。とくに00后(2000年代生まれ)たちは、両親ともに一人っ子である。おじさんやおばさんは存在しない。この状況は、今後ほぼ一世代にわたって続いていく。
すでに90后(1990年代生まれ)世代から、中国人には大きな変化が現れた。彼らはティーンエイジャーのとき、スマホ時代の幕開けに遭遇した。瞬く間に適応し、モバイル決済やシェアエコノミーの勃興など、ネット産業革命に大きな役割を担った。そして90后は、すでにネット業界従業員の半分以上を占めている。
その一方、これまでの中国人にはない“佛系”という言葉で表される、無気力、無関心の傾向も明らかになってきた。それは、中国的な押しの強さを拒否しているように見える。また中華料理を避けようとする傾向もある。中国的スタイルそのものを忌避したいのかも知れない。
世代間の分裂、晩婚化、SNS依存など、社会問題もまた西欧化しつつある。中国の強力な一族中心主義は、少しずつ西欧流個人主義へ、引き寄せられていくだろう。中国的性格は弱体化する方向性にある。
しかし一族の力は衰えても、家庭まで崩壊したわけではない。「Why? Because」の家庭教育法は、担い手は減ったとしても、依然として有効だろう。当分の間、中国人が手ごわい相手であることには変わりない。むしろ多様性が増したと考えるべきかも知れない。注視しておきたいポイントである。
文・高野悠介(中国貿易コンサルタント)
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