乳糖分解能力がこのように突然現れ急速に拡散した理由については、乳製品の高い栄養価だけでは説明しきれません。

さらに乳製品の使用開始時期と乳糖分解能力が獲得された時期を比較したところ、ほとんど相関関係がないことが判明します。

つまり遺伝的にも考古学的にも、既存の説が通用しなかったのです。

では乳製品の使用開始と無関係に、なぜ人類はこの能力を獲得し、それが急速に広まることになったのでしょうか?

そこで研究者たちは、ある状況を想定した2つシミュレーションを実行して、この問題を検証することにしました。

乳糖分解能力は悲惨な状況を生き抜くために獲得された

乳糖分解能力は悲惨な状況を生き抜くために獲得された
乳糖分解能力は悲惨な状況を生き抜くために獲得された / Credit:Canva . ナゾロジー編集部

研究者たちが新たに想定したのは、「飢饉」と「下痢を伴う感染症」の蔓延した暗い状況でした。

乳糖分解能力がない人でも、食べ物が豊富にある状況では、ミルクを飲み過ぎて下痢になっても死ぬことはありません。

しかし農作物が全滅して飢饉が起きた場合、カロリーを補うためミルクを飲み過ぎれば命を脅かすことになります。

同様に下痢を伴う感染症が蔓延して消化器系がダメージを受けている状態で、ミルクがさらに下痢を誘発した場合でも、生存が脅かされます。

そのため研究者たちは、人口の増減と人口密度をそれぞれ飢饉と感染症のパラメータとして、それぞれの状況下での乳糖分解能力の遺伝子の増加率を調べました。

結果、通常の選択圧と比較して、飢饉は689倍、感染症の蔓延は289倍も乳糖分解能力を与える遺伝子を持つ人々を増加させる効果があることが判明しました。

この結果は、乳糖分解能力は飢饉や感染症の蔓延など危機的な状況において、人類が大量の犠牲をともなう淘汰を生き抜く過程で得られたことを示します。

乳糖分解能力がなければカロリーを補うレベルの乳製品を摂取できず、乳製品をとることで下痢をともなう感染症を悪化させる可能性があるからです。

極限状態ではミルクで死亡率が上昇する

乳糖耐性がないままカロリーを補うためにミルクをガブ飲みすると下痢を起こしてしまい、極度の栄養出張時には致命的になります
乳糖耐性がないままカロリーを補うためにミルクをガブ飲みすると下痢を起こしてしまい、極度の栄養出張時には致命的になります / Credit:Canva . ナゾロジー編集部