そこでコーシャ氏らは、静止軌道〜墓場軌道へ移動している間にAnik F1Rをハッキングすることにしました。
Anik F1Rを利用していた放送局は、運用終了後に新しい人工衛星へと移行していますが、Anik F1Rと通信できるアップリンク(送信経路)と、衛星に搭載されているトランスポンダ(電波中継器)はそのまま残されます。
(トランスポンダ:受信した電気信号を中継送信したり、電気信号と光信号を相互に変換したり、受信信号に何らかの応答を返す機器のこと)
コーシャ氏らは、この利用枠の空いているアップリンクとトランスポンダの引き継ぎ許可を今回に限って公式に取得。
その後、信号を送受信できる約300ドルの超広帯域ソフトウェア無線「Hack RF」を使用することで、Anik F1Rへのハッキングに成功したのです。
人工衛星をハッキングすると何ができる?
Anik F1Rのような放送衛星は、地上の送信局から受け取った信号(アップリンク)を増幅して、地上に向けて送り返す(ダウンリンク)ことで、各家庭やマンション、集合住宅に電波を届けています。
そのため、コーシャ氏らが主にできたのは、Anik F1Rからの信号が届く北半球へ向けた「映像の放送」です。

ハッカーチームは、2021年10月に米サンディエゴで開催されたハッカー会議「ToorCon」の講演の様子を日中に生配信したり、夜には映画『ウォー・ゲーム』(1983)をストリーミング配信しました。
(ちなみに『ウォー・ゲーム』は、コンピュータネットワーク下の戦争を題材とし、ハッキングをテーマに描いたSFサスペンスものです)
また、映像の放送だけでなく、専用の電話番号を開設して、北米をまたいだ音声放送も可能になりました。
つまり、その番号に電話をかけると、あなたの声を北米全土に放送できるのです。
コーシャ氏は「人工衛星には制約がなく、基本的には送られてきた信号を中継し、反射させるだけだ」と説明します。