
歴史上、人類は数々の恐ろしい兵器を生み出してきた。火薬から核爆弾に至るまで、その破壊力は進化を続けてきたが、古代世界において、ひときわ人々の想像力をかき立て、敵を恐怖のどん底に陥れた伝説的な兵器が存在した。その名は「ギリシア火」。
これは東ローマ帝国(ビザンツ帝国)が切り札とした液体焼夷兵器で、一度火が付くと水上でも燃え続け、通常の水では消火がほぼ不可能だったという。敵兵の肌や衣服に粘りつき、高温で燃え盛るその様は、まさに古代のナパーム弾と呼ぶにふさわしい。
その製法は国家最高の軍事機密として固く守られ、現代に至るまで完全に解明されていない。当時の記録によれば、その炎は「雷鳴と大量の煙」を伴ったとされ、古代の錬金術と技術が融合した究極の兵器だったことがうかがえる。
帝国の救世主となった秘密兵器
ギリシア火が歴史の表舞台に登場したのは、7世紀後半。イスラム勢力の猛攻により、東ローマ帝国が存亡の危機に瀕していた時代である。年代記によれば、シリアのヘリオポリス出身の名匠カリニコスがコンスタンティノープルに亡命し、この「海の火」を皇帝に献上したとされる。

673年、帝国の首都コンスタンティノープルを包囲したアラブ艦隊に対し、東ローマ海軍はこの新兵器を投入。船首に設置されたサイフォン(噴射管)から液体状の炎が噴射されると、アラブ艦隊は瞬く間に炎に包まれた。水で消そうとすればするほど火勢が増すと言われるギリシア火の前に、敵はなすすべもなく壊滅。この兵器のおかげで、帝国は二度にわたる首都包囲網を打ち破り、その命脈を保つことができたのである。
この劇的な勝利により、ギリシア火の存在は神格化された。皇帝コンスタンティノス7世は、その製法を「天使が初代皇帝コンスタンティヌス1世に授けたもの」であるとし、キリスト教徒以外の者に秘密を漏らすことを固く禁じた。
