なぜ「疑似科学」なのか? ニュートンの法則という壁

 では、なぜ現代科学はディーンドライブを「動作しない」と結論付けているのか。その最大の理由は、物理学の最も基本的な法則の一つであるニュートンの第三法則(作用・反作用の法則)に反するからだ。

 この法則は、「すべての作用には、それと等しい大きさで反対向きの反作用が必ず存在する」というもの。ロケットがガスを後方に噴射する(作用)ことで、前方へ進む力(反作用)を得るのが典型的な例だ。ディーンドライブのように、外部に何も排出せずに一方向へ進むことは、この運動量保存の法則を破ることを意味し、現代物理学の枠組みでは不可能とされている。

 では、体重計の目盛りが減った現象は何だったのか?後の分析では、その正体は装置の振動と、地面との間で生じる非対称な摩擦(スティック・アンド・スリップ現象)による錯覚だった可能性が極めて高いとされている。つまり、装置が微小なジャンプと滑りを繰り返すことで、体重計の針を瞬間的に騙していたというわけだ。この効果は地面と接触している時のみに発生し、宇宙のような自由空間では推進力を生まない。2006年のNASAの技術メモでも、ディーンドライブは「自由空間では推進力を生み出さない」と結論付けられている。

残された2つの特許と消えた設計図

 ノーマン・ディーンは、自身の発明に関連する2つの特許(米国特許 #2,886,976 と #3,182,517)を取得している。しかし、これらの特許文書は驚くほど曖昧で、具体的な動作原理や設計図はほとんど記されていない。特許情報だけで装置を再現することは不可能だ。

(画像=画像は「Google Patents」より)

 意図的に核心部分を隠したのか、それとも彼自身も理論を完全には構築できていなかったのか。真実は闇の中だ。ディーンの死後、彼の実験装置や詳細な設計図は見つからず、伝説の「反重力装置」の秘密は永遠に失われてしまった。

科学史に刻まれた夢と教訓

 ディーンドライブは、科学とSFが密接に結びついていた時代の熱狂が生んだ、魅力的なミステリーだ。それは、既成概念を打ち破りたいという人間の根源的な欲求と、科学的検証という冷静なプロセスの重要性を我々に教えてくれる。

 反重力や無反動推進への挑戦は、EmDriveや米海軍の奇妙な特許など、形を変えて現代にも続いている。しかし、物理学の基本法則を覆すには、まだ長い道のりが必要だ。ディーンドライブは、科学史という壮大な物語の中で、実現しなかった「反重力」の夢として、今もなお多くの人々の想像力を掻き立て続けている。

参考:WikipediaAnalog Science Fiction & Fact Magazine、ほか

文=青山蒼

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