
1950年代、科学とSFが熱く交差した時代に、物理学の根幹を揺るがす一つの発明が登場した。その名は「ディーンドライブ(Dean Drive)」。外部に何も排出せず、作用・反作用の法則を無視して一方向への推進力を生み出すとされる「無反動推進装置」だ。もし本物なら、宇宙旅行に革命をもたらす「反重力」技術――。しかし、その正体は謎に包まれ、現代では「疑似科学」の代表例として語られる。果たしてディーンドライブは世紀の大発明だったのか、それとも巧妙な幻想だったのか。残された特許と記録から、科学史に刻まれたミステリーの真相に迫る。
SF界を熱狂させた「反重力」の夢
ディーンドライブの物語は、発明者ノーマン・L・ディーンと、一人のカリスマ的な編集者によって始まった。その編集者とは、SF雑誌『Astounding Science Fiction』(後の『Analog』)のジョン・W・キャンベル。彼は、ディーンドライブがニュートンの第三法則を超える「第四の運動法則」を体現する革命的な技術だと信じ、自身の雑誌で熱狂的に宣伝した。
キャンベルは、ディーンドライブが作動中に体重計の目盛りが減少したと主張し、その写真を掲載。これを「反重力効果」の証拠だと読者に訴えかけた。彼の情熱的な支持により、ディーンドライブはSFコミュニティで「実現可能な反重力装置」として、瞬く間に伝説的な存在となったのだ。
体重計を騙した? 謎に包まれたデモンストレーション
ディーンドライブの伝説を最も象徴するのが、限られた関係者の前で行われたというデモンストレーションだ。ディーンは、回転する非対称な重りを利用して一方向の力を生み出すと主張。キャンベルが目撃したように、装置を体重計の上で作動させると、その針が明らかに軽くなる方向へ振れたという。
一部の研究者は「本物の異常現象だ」「詐欺の可能性は低い」と報告し、未知の物理現象を示唆した。しかし、ディーンは頑なに装置の詳細な設計図の公開や、独立した第三者による検証を拒み続けた。航空宇宙企業の専門家が購入を検討した際も、事前支払いやノーベル賞の約束を要求するなど、その態度は科学者というより発明家としての秘密主義に満ちていた。
結局、制御された科学的条件下での検証は一度も行われず、その真偽は謎のままとなった。
