実際、同論文の主要な結果は、「ウズベキスタンの異常なデータ」に大きく依存していた。同国の統計では気温とGDP成長率の相関関係が極端に出ている。だがこれは、政治的混乱や移行経済の影響を気候による効果と誤認したものだ。この外れ値が全体の推計を歪める形で、世界規模で気温上昇による甚大な経済損害が発生する、という結論が導かれたのである。8月に発表されたコメント論文(Matters Arising)がこの点を突き、主要紙も大きく報道した。

しかし驚くべきことに、ネイチャーは、本質的ではない訂正をしただけで、この論文を撤回しなかった。しかし、研究の信頼性は根本から揺らいでいる。ピールキ氏は、こうした扱いを「Too Big to Fail(大きすぎて潰せない)」と呼んだのだ。政治や金融の世界で大きな役割を果たしてしまっている研究結果は、誤りが明らかになっても撤回されなくなった。あまりに影響が大きいため、科学的事実よりも政治とカネの都合が優先されてしまうのだ。

これだけの問題点が指摘され続けながらも、金融当局の国際ネットワークNGFSは、「気候変動による経済損失」を、同論文の結果に基づいて推計する、ということを今だに続けている。そしてこの「ダメージ関数」はNGFSから各国の金融機関や中央銀行に広がり、投融資判断やリスク評価に使われている。つまり、強引で未検証な手法で計算され、明白な誤りを含んだ研究結果が、撤回もされず、そのまま政策と経済を動かしているのである。

学術誌や研究機関が誤りを認めても撤回せず、政治的に利用され続ける現状は、科学の信頼性を著しく損なう。科学は、政策に情報を提供することはもちろん結構だが、そのために事実を歪めてはならない。

気候危機説を正当化し続けるために、誤った研究が「大きすぎて潰せない」存在として温存されることは許されない。科学の健全性を守ることこそ、政治や経済にとっても不可欠なのである。