一方で、学校で学んだ知識や事実は「黒の記憶」として別の領域に分類されます。

こちらは感情や具体的な映像を伴わず、教科書的な情報の集積にすぎません。

つまり彼女の心の中では、「感情を伴う鮮烈な記憶」と「意味だけの知識」がはっきりと区別され、異なる部屋に整理されているのです。

さらにTLは、記憶の中でも特に重い感情を伴うものを、専用の「感情の部屋」に隔離する工夫もしていました。

祖父の死の記憶は「感情の部屋」の中の箱にしまわれ、他に、怒りを鎮めるためには「流氷の部屋」を、問題に向き合うためには「問題の部屋」を利用するといいます。

また父親が軍に入ったときには、心の中に「兵士の部屋」が生まれたと語りました。

このようにTLの記憶世界は、単なる出来事の保管庫ではなく、感情や自己理解のための「心的建築物」として機能しているのです。

未来の出来事まで鮮明に予見できる?

研究者たちはTLの能力を客観的に測定するために、標準化されたテストを実施しました。

そのひとつ「エピソード自伝的記憶テスト(TEMPau)」では、人生のさまざまな時期の出来事をどれだけ具体的に思い出せるかを評価します。

彼女の年齢に合わせて幼少期と青年期に限定して行われましたが、得点は平均をはるかに大きく上回り、極めて豊かな記憶描写を示しました。

さらに「時間拡張自伝的記憶課題(TEEAM)」では、過去や未来の出来事を短いエピソードとして思い出したり想像したりする力を調べました。

TLはここでも驚異的な成績を収めました。

特に注目されたのは、彼女が未来の出来事を「まるで体験済みであるかのように」語れる点です。

例えば彼女は、まだ起きていない未来の出来事について、時間的・空間的・感覚的にきわめて詳細な描写を加えました。

そこには「予体験」と呼ばれる独特の感覚が伴っており、まるで過去を思い出すのと同じように未来を“先取り”して体験しているようだったのです。