この無毛定理は理論としてはとても美しいのですが、困った問題も抱えています。
ブラックホールは宇宙空間で星などを次々と飲み込みますが、この理論通りなら飲み込まれた星がどんな星だったのか、その詳しい情報(例えば星を構成していた元素や元の状態)がブラックホールの外から見えなくなってしまいます。
情報が完全に消えてしまうか、ブラックホールの内部に封じ込められてしまうかのどちらかになってしまいますが、実際のところ、それらの情報がどう扱われているのかは、はっきりとは分かっていません。
この問題が重要な理由は、私たちが日常的に見ている世界(古典的な世界)と、ミクロの世界(量子力学)で起きることとの間に、深刻な矛盾が生まれるからです。
私たちが暮らす日常の世界では、例えば紙を燃やすと元の形や書かれていた情報は完全に失われてしまうように見えます。
一方、極めて小さい世界の現象を扱う量子力学の世界では、「情報は決して失われない」とされます。
どういうことかというと、紙を燃やしたとしても、燃えた紙の灰や煙、さらに空気中に散らばった分子や熱エネルギーなど、すべての小さな粒子やエネルギーの動きを完全に追跡できれば、理論上は元の情報を取り戻せる、という考え方です。
量子力学では「情報が消えたように見える」のと「実際に情報が消える」のは全く違うことだと区別しており、「情報は絶対になくならない」という原則を守っています。
ところがブラックホールは、この量子力学の原則を脅かしてしまいます。
ブラックホールに飲み込まれた情報が本当に消えてしまうとすると、「情報は失われない」という量子力学のルールと正面から矛盾します。
この深刻な問題は「ブラックホールの情報パラドックス」と呼ばれ、物理学における大きな謎のひとつとなっています。
そこで、このパラドックスを解決するために「ブラックホールにも目には見えない非常に小さな特徴があり、それが情報を記録しているのではないか?」という仮説が登場しました。