では、なぜこのような奇妙な行動がこれまで知られていなかったのでしょうか?

理由の一つは、このナマズの観察が非常に難しいことにあります。

Rhyacoglanis属の魚は元来、個体数が少ない上に生息域が遠隔地に限られており、研究対象とされる機会が少なかったのです。

また、この登攀行動が発生するのは、雨季初期のごく限られた時期、かつ夕方から夜にかけての短時間に集中しているため、偶然の条件が重ならなければ目撃することすら困難です。

実際、今回の発見も環境保護に従事する現地警察が偶然目撃したことが契機となっており、その通報を受けた研究者たちが現地での調査を開始したという経緯があります。

つまりこの発見は、フィールド観察の偶然性と重要性を改めて浮き彫りにしたものでもあるのです。

では、今回の「壁を登るナマズ」の発見はどんな点で重要なのでしょうか。

壁を登るナマズが教えてくれること

この発見が持つ意義は、「珍しい行動が見つかった」という単純な話にとどまりません。

まず、これは世界で初めて、小型ナマズによる集団的かつ機能的な岩壁登攀行動が正式に記録された事例です。

魚類の中には、遡上能力のある種も存在しますが、それらの多くは水流を利用して滝を遡るため、垂直に近い壁を登るという行動はまったく別物です。

このナマズの登攀は、彼らが生息域の上流へと移動するための「生存に不可欠な行動」かもしれません。

小さな体で壁を登り、上流を目指す姿は、過酷な環境下でも適応しようとする生命のたくましさを感じさせます。

しかし同時に、この行動は生態系の脆弱さと、人為的影響への懸念も浮かび上がらせます。

今回ナマズたちが登っていたのは自然の岩壁でしたが、もしその場所にコンクリート製のダムや人工堤防が建設されていたら、彼らは上流にたどり着けなかった可能性が高いのです。

Rhyacoglanis paranensisのような小型魚類は、大型魚用に設計された魚道では対応が難しく、結果として生息域の分断や繁殖機会の喪失につながるおそれがあります。