キリスト教会はカトリック教会でもプロテスタント系教会でも聖書が聖典だが、その聖書の中には聖母マリアの無原罪誕生に関する聖句は一切記述されていない。「神と人間との間の仲保者もただ1人であって、それはキリスト・イエスである」(テモテへの第1の手紙第2章5節)と記されている。聖母マリアを救い主イエスと同列視する教義(無原罪の御宿り)は明らかに聖書の内容とは一致しない。
プロテスタント教会や正教会は聖母マリアを「神の子イエスの母親」として尊敬するが、「マリアの処女懐胎」を信じていない。一方、カトリック教国のポーランドでは聖母マリアを“第2のキリスト”と見なすほど聖母マリア信仰が活発だ。ちなみに、マリアは父ヨアキムと母アンナの間に生まれている
「聖母マリアの被昇天」も現代のキリスト信者にとって、それを文字通り信じることは困難だろう。ピウス12世が聖母マリアの霊肉被昇天の教義を突然言い出したのではなく、第1バチカン公会議(1869~70年)から高位聖職者の間で教義化への動きはあった。現代の信者たちにとって死者が霊肉ともに昇天するといったことは考えられない。キリスト教会の中で東方正教会はマリアの肉身昇天ではなく、霊の昇天と受け取り、マリアの昇天を教義とは受け取っていない、といった具合だ。
カトリック教会が聖書に記述されていないマリアの神聖化に乗り出した背景には、キリスト教社会で長い間、神は父性であり、義と裁きの神であったが、慰めと癒しを求める信者たちは、母性の神を模索し出したことにある。そこで母性の神を代行するとしてマリアの神聖化が進められていった。換言すれば、聖母マリア崇拝は父性の神を補完する意味で生まれてきたわけだ。
ただし、聖母マリアの神性化はイエスが結婚していれば必要ではなかったことだ。しかし、イエスは結婚できなかったから、母性の代表として聖母マリアが必要となった。その意味で、12月8日の「聖母マリアの無原罪の御宿り」、そして8月15日の「聖母マリアの被昇天」は33歳で亡くなったイエスの生涯の実相を示唆した祝日といえる。