さらに、化石の頭骨からはテニスボール大に匹敵する大きな眼窩が確認されました。

大きな目は視覚による捕食に有利で、浅く温暖な海で俊敏に泳ぐ捕食者だったことを示しています。

この特徴は、アザラシなど一部の海獣が持つ“潜水時の視覚適応”と似ており、マムマロドン科の生態に新たな視点を与えます。

解析の結果、この個体は若い亜成体であることが判明しました。

頭骨の骨同士がまだ融合しておらず、歯の摩耗もほとんどありません。

歯髄腔が開いたままであることも、成体に達していない証拠です。

こうした未成熟個体の化石はきわめて珍しく、ヒゲクジラ類の成長過程を知るうえで貴重な資料となります。

クジラ進化史の空白を埋める発見

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新種の復元イメージ/ Credit: Artwork by Ruairidh Duncan. Source – Museums Victoria

マムマロドン科は、漸新世後期(約3000万〜2300万年前)にのみ存在した有歯の原始的ヒゲクジラで、現在知られているのは世界でわずか4種です。

今回ヤンジュケトゥス・ダラルディは、その新種であり、歯と内耳構造の両方が詳細に保存された初めての例です。

内耳の精密CTスキャンでは、音を感知する蝸牛や耳小骨の構造まで明らかになりました。

これにより、この古代クジラがどのように音を使って環境を認識し、狩りや航行を行っていたかを推測できます。

系統解析では、J. ダラルディは同じ属のJ. hunderiと姉妹群をなし、両者はマムマロドン科内でまとまることが示されました。

さらにマムマロドン科は、Aetiocetidae(エティオケタス科)と現生ヒゲクジラ類(真ヒゲクジラ類)を含む系統の姉妹群として位置づけられます。

つまり、この小さな捕食者は、巨大でヒゲ板を持つ現代のクジラへと進化していく過程の重要な分岐点にいたのです。

この発見はまた、当時のビクトリア州沿岸が温暖で生物多様性に富んだ海であったことも裏付けます。