儀式化された暴力と“ハンバーガー司祭”
この事件をさらに常軌を逸したものにしているのは、その暴力が、まるでカルト教団の儀式のように体系化されていた点だ。ハイドニックは監禁した女性たちのために「規則」を作り、聖書を読み聞かせながら拷問を加え、自らを新たな家父長として振る舞った。
そして、その狂気は頂点に達する。彼は、殺害したサンドラ・リンゼイの遺体を解体し、その肉を調理。他の監禁されていた女性たちに「豚肉だ」と偽って食べさせたのだ。このおぞましい人肉食の事実から、彼は後に「ハンバーガー司祭」という忌まわしい異名で呼ばれることになる。
悪夢の終わり、一人の女性の脱出
1987年3月24日、監禁されていた女性の一人、ジョセフィーナ・リベラが、奇跡的に脱出に成功する。ハイドニックは彼女を「改宗」させたと信じ込み、他の女性たちより自由を与えていたのだ。
彼女の通報を受け、警察が家に踏み込むと、そこにはまさに地上の地獄が広がっていた。鎖につながれた女性たち、血に染まった床、手製の拷問器具、そして、人間の遺体……。痩せこけ、傷だらけのリベラの姿は、地下室の過酷さを何よりも雄弁に物語っていた。
この事件は全米のトップニュースとなり、マーシャル・ストリート3520番地の家は、日常の裏に潜む、想像を絶する野蛮さの象徴となった。映画『羊たちの沈黙』に登場する猟奇殺人鬼バッファロー・ビルのモデルの一人になったとも言われている。

裁判、そして死刑執行
1988年、ゲイリー・ハイドニックの裁判が始まった。弁護側は精神異常を主張したが、陪審員はそれを認めなかった。彼の高い知能、巧みな人心掌握術、そして体系化された犯行は、彼に完全な責任能力があったことを示していた。
2件の殺人と多数の暴行罪で有罪となった彼は、死刑を宣告され、1999年7月6日、薬物注射によってその生涯を終えた。彼は現在に至るまで、ペンシルベニア州で最後に死刑が執行された死刑囚である。
ゲイリー・ハイドニックは、神話上の悪魔ではなかった。彼は病んでいたかもしれないが、冷徹で、 几帳面で、そして残酷な一人の人間だった。彼が地下室に築き上げた「地獄の教会」は、本当の地獄が古い書物の中ではなく、人間の心の中にこそ存在するのだという、重い事実を我々に突きつけているのかもしれない。
参考:Mysterium Incognita、Wikipedia、ほか
※ 本記事の内容を無断で転載・動画化し、YouTubeやブログなどにアップロードすることを固く禁じます。