
1980年代、フィラデルフィア。ありふれたレンガ造りの一軒家が、恐怖の大聖堂へと姿を変えた。その平凡な家の外観とは裏腹に、内部で繰り広げられていたのは、歪んだ宗教的妄信、儀式的な暴力、そして「選ばれし者の新たな国家」を創設するという、狂気の野望だった。
これは、自らを現代の預言者と信じ、その地下室に地獄を築き上げた男、ゲイリー・ハイドニックの物語。アメリカ犯罪史上、最もおぞましく、倒錯した事件の一つである。
知能指数130超えの“神の使い”
ゲイリー・ハイドニックは1943年、オハイオ州で生を受けた。IQ130を超える高い知能に恵まれながらも、その人生は常に不安定だった。母親のアルコール依存と不貞、そして両親の離婚。厳格で冷酷な父親からは、黒人に対する差別的な思想を植え付けられた。この複雑な家庭環境と虐待が、彼の人格を歪めていったと考えられている。
若くして精神的な問題を抱え、自殺未遂を繰り返した彼は、軍を除隊後、奇妙な行動に出る。1971年、彼は自らの宗教団体「神のしもべ統一教会」を設立。信者は彼ただ一人。ハイドニックは、自らを「新たな純血の血統を生み出すために選ばれた、神の使い」と説き、一方で投資家として成功し、財を築いていた。
マーシャル・ストリート3520番地の“地獄”
その狂気の教義が現実のものとなったのが、フィラデルフィア北部にある、ありふれた一軒家だった。1986年11月から1987年3月にかけて、ハイドニックは6人の黒人女性を誘拐。被害者が全員黒人だったのは、彼の幼少期のトラウマと、植え付けられた人種差別思想が影響したとみられている。
彼は女性たちを自宅の地下室に監禁し、鎖につなぎ、飢えさせ、拷問し、繰り返し性的暴行を加えた。
彼の目的は単なる性的欲求の充足ではなかった。それは、被害者に「自分の子供を産ませる」ことで「大家族」を作り、神の権威のもとで純粋な「ハイドニック国家」を創設する、という血塗られたユートピアの実現だった。
監禁された女性たちは、「不従順」と見なされると、電気ショックや氷水責めといった罰を受けた。サンドラ・リンゼイという女性は、彼のネグレクトによって死亡した後、地下室の隅に埋められた。