●この記事のポイント ・TCSやインフォシスをはじめとするインドの大手システム開発会社が、日本市場での売上拡大に向けて攻勢を仕掛けている ・日本企業にとってはオフショア開発によるコストメリットが薄まった ・日本企業は権限を持ったCIOが不在のため最終決定権がボードにないことも多く、海外企業からするとコミュニケーションコストが高い
タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)やインフォシスをはじめとするインドの大手システム開発会社が、日本市場での売上拡大に向けて攻勢を仕掛けているようだ。6月10日付「日経クロステック」記事によれば、TCSはインド国内に日本の顧客企業向け開発拠点を設置し、約5000人のエンジニアが常駐しているという。かつて日本のシステム開発の現場では、インド企業へのオフショア開発委託が盛んだった時期もあるが、「現在では、そこまで多いという状況ではない」(専門家)という。日本のIT業界は今、深刻な人手不足といわれるが、優秀といわれ低コストのインド人エンジニアを数多く抱えるインド企業が攻勢を強めてくれば、SIerやSES会社をはじめとする日本のシステム開発会社は大きな影響を受けることになるのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
●目次
オフショア開発の現状
現在、日本のシステム開発の現場においてインド人エンジニアと一緒に作業するケースは多いのか。企業のシステム企画・支援を手掛ける株式会社AnityA代表の中野仁氏はいう。
「オフショア開発の利用状況は領域によって異なってきますが、私が携わることが多いコーポレートIT、社内向けシステム開発に関しては、大規模なプロジェクトでベトナム人エンジニアの方などが参画しているケースはあるものの、そんなに多くはないという印象です。日本でオフショア開発が盛んだったのは、円高だった2000~2010年代頃であり、中国から始まってインド、ベトナムに移行してきたというイメージです。現在は円安になったのに加えてアジア諸国の賃金が上昇し、日本企業にとってはオフショア開発によるコストメリットが薄まったという側面があると思います。
インドのシステム開発会社が日本市場におけるシェア拡大に力を入れている背景には、米国企業の動きが影響しているのかもしれません。米国の大手テック企業がAI導入による開発効率の向上などもあり大量に人員を削減しており、その一環としてオフショア開発の委託量も減らし、インド企業がこれまで大口の発注者であった米国企業から発注量を大きく減らされ、余剰人員をどこかに投入する必要があるということで、日本市場に目をつけている可能性があります」
では、以前よりは平均の人員単価が高くなったとはいえ日本人エンジニアよりは割安なコストで発注することができ、かつ優秀とされるインド人エンジニアを抱えるインドのIT企業が日本市場に攻勢をかけてきた場合、日本のSIerをはじめとするシステム開発会社やSES会社が打撃を受ける可能性はあるのか。
「前提として、円安やアジア諸国のインフレの影響で、日本企業からしてみると、オフショア開発を委託するコストメリットがあまりなく、これからインドやベトナムの企業に目立つほど積極的に発注していくのかといわれれば、そこまで大きな動機がないという印象です。オフショア開発の需要が一気に高まるという状況は考えにくい気もします。AIの普及と性能向上で言語の壁は低くなりつつありますが、要件定義や成果物のクオリティの問題はコミュニケーションギャップが要因として大きく、日本の発注者が提示した仕様通りの成果物が上がってこないということは多いです。もっとも、委託先に問題があることばかりではなく、日本企業側の要件定義能力やプロジェクト管理能力が低いことが原因であることも少なくありません」